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彬良は海に視線を向けた。十年前と打って変わって、凛々しく成長した横顔が男の目に映った。
「今、僕はこの海の領主様の娘婿として、働いています。子供も生まれました。妻と子を残して、僕一人ここで生活するわけにはいきません。お父さんにそのことを報告したくて来たのです」
「海の領主……? 領主って、いったい……」
男が尋ね返すと、彬良は頷き、微笑んだ。そうして、男の手を取って握った。
「海そのもののことです」
そういうと、彬良は男の掌に大粒の真珠と美しい珊瑚の玉を渡した。
「お父さんにお願いがあるのです。港の裏に山があるでしょう。その上に赤い鳥居がいくつか並んだ小さな祠があります。そこに、これを祀ってください」
「どうして、そんな……」
「領主様とのお約束は世代を超えても受け継がれていますが、その存在をみんな忘れてしまっています。そのことを領主様はとても悲しがっています。忘れないよう、お父さんがみんなに教えて、この海を守ってください」
突然現れ、変なことばかり言う息子の姿に、男は呆気にとられたが、不思議とその言葉はすんなりと胸に落ちて行った。
彬良は呆然とする父親に微笑みかけた。
「もう一つ、頼みがあります。これを」
男に彬良が手渡したのは、一通の封書だった。
「これは……?」
「真由さんのご両親に渡してください。彼女は、今僕の妻の身の回りの世話をしています。一度領地に足を踏み入れたものは二度と陸へ上がることはできません。でも、彼女は巻き込まれたに過ぎない。だから、戻ることはできませんが、領主様が恩赦してくださったのです」
「……わかった」
その封書に何が書かれているか男はわからなかったが、後日それが元で両親は彼女と再会することができたと聞いた。
彬良は頷いた男を見ると満足そうに微笑みを浮かべると、背を向け、波打ち際へ歩を進め、男を振り返った。
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