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第二章 嵐
それから数週間後のある日、再び港は閑散としていた。
それもそのはず、空は灰色の分厚い雲に覆われ、海はいつもの蒼さなど姿形もなく、鈍色に濁っていた。
風が吹き荒び、波は大きく荒れ、港に停泊している漁船を飲み込んでしまうかのように揺さぶり、防波堤の向こうに並べられた消波ブロックに体当たりして空にまで駆け上るかのような飛沫を上げていた。
テレビではしきりに接近しつつある台風の情報が流れ、大時化に見舞われた海に出る漁師の姿は一人もなかった。
海岸沿いに設けられた防波堤の真横を、黒いランドセルを背負った少年が一人足早に帰路を急いでいた。
台風の接近に伴い、小学校は早々に授業を切り上げ、子供たちは家へと帰されたためである。
少年は言うまでもなく、あの新米漁師の子供だった。
距離がある家の子供は学校から連絡があり、親が迎えに来たが、少年の家は学校からそんなに離れてはいなかった。
小学校に上がりたての子供にとって、ランドセルは身体に不釣り合いの荷物である。
学校を出る時はそんなに強くなかった風も、次第に強くなり、ランドセルごと彼の身体を煽って、ただでさえ小さな歩幅をさらに小さく、牛歩の如くゆっくりとさせた。
強風の中、半分目を閉じるようにして身体をすぼめて歩いて居ると、ふと数十メートル先に赤いランドセルを見つけた。
そのランドセルに隠れるように小さな身体と背格好、そして髪を左右に分けて縛っているその後姿を見て、彼は隣の家に住むクラスメイトの少女の姿だと確信した。
まだ雨が降っていないのが幸いだと思うと、少年は風に立ち向かうようにランドセルの肩紐を両手で握りしめて走った。
そうして、なんとか彼女の背中まで数メートルの距離になると、大きな声で呼んだ。
「まゆちゃん」
呼ばれて、少女は振り返った。まゆと呼ばれた少女はゴムで左右に結んだ肩までかかる髪を揺らして、大きな黒い瞳を向けて振り返り、少年を見つけるとにっこりと笑った。
「あきらくん」
「一緒に帰ろうよ」
その問いかけにまゆは大きく頷いた。二人は肩を並べると、ランドセルの中身をカタカタ揺らしながら、強風の中をゆっくりと歩いて行った。
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