第三章 環

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 男と魚と思しき相手との綱引きが始まった。男が懸命に網を引いても、いっこうに網は動かない。  それどころか、男の乗る漁船がどんどん沖へと赤い浮標を越えて引っ張られていった。  それでも、男は魚相手には負けまいと手を放さなかった。 「ええい、この強情な魚め、絶対に引き上げてやる」  男が全身全霊をこめて網を持つ手に力を込めたその時だった。海底から網を引く力が勝り、漁船が転覆し、男は海に投げ出されてしまった。 「うわぁああああ!」  ざぶん、という盛大な音と共に、顔前に広がる水面に男は身体を正面からたたきつけた。  水面に顔を出した男は転覆した漁船につかまろうとしたが、波に揉まれ、それを阻まれた。  その上、漁船から引き離されるように流され、男の身体はどんどん沖へと流されて行ってしまった。 「助けてくれ! 誰か、助けてくれ!」  周りを見渡したが、他の漁船らしき影は何もない。ただ、水平線と反対側に見える港がどんどん遠ざかっていくだけだった。  塩辛い海水を飲み込みながら、男は叫んだ。だが、それも波が頭から男の身体を沈めようと打ち寄せ、阻まれた。 「誰か、誰か……! 助けてくれ……!」  鉛のように自分の身体が重くなって沈んでいく感覚と、苦しさで意識が遠のく中、最後に男が聞いたのは、声にならない吐息がぶくぶくと泡になって消えていく音だった。
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