第1章

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「なるほど。これが、海というものですか」  目の前に広がる、決して綺麗とは言い難い灰色の水を眺めながら、ナギサはそう口にした。深い海の底のような、濃い青色の瞳が、興味深そうに打ち寄せる波を観察している。  本当は、こんな工業地帯の汚水のような海ではなく、カラフルな熱帯魚が泳ぐような透き通った美しい水色の海へ連れて行ってやりたかったのだが、そんな場所はもうこの国には残っていない。海外にでも出れば、それこそ観光パンフレットに載っているような、加工写真のようにしか見えない、どこか非現実的な美しい海を見られる場所はあるのだろうが、あいにく僕には空を飛んだり海を渡ったりする金はない。諸事情で、金欠の真っ只中なのだ。  砂浜へ、揺れるように打ち寄せては海へと戻っていく波を見つめていたナギサが、誘われるように一歩踏み出した。  海を見ると、条件反射的に足を入れてみたくなるのは、人間もアンドロイドもどうやら同じらしい。しかし、何も考えず好奇心に身を任せるということはできないのが、人間との違いだ。  ナギサは、つま先が海水へと触れる寸前で足を止め、こちらを振り向いた。僕以外の人間ならば、無表情で無感情にしか見えない、ナギサの人工的な美しい顔。しかし、僕にはナギサのあるはずのない感情がわかった。微笑んで、頷く。 「入っても、大丈夫だよ。そのために防水加工をしたんだから」
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