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平穏
敵槍海とのドッグファイトとうってかわって、やわらかく海面に顔を出した前方ガラス。
酸素供給ボタンを停止し、上部窓から槍海の操縦室を開き、外気にさらす。
こうなったら小型潜水艇槍海もただのボートと変わらない。
海風がやさしく頬をなでる。
視界の端には僚機によって機関軸をやられた敵大型艦、その中には槍海を出した艦もある、が見えた。
甲板には難民たちが集まっているようだ。
「瀬戸ー仕事だぞー。」おれは後ろを向いた。
「ぁ……ぁぃ……」どうもドッグファイトで気絶していたようだ。
「おーい。」俺はシートをつかんでいたはずが気づいたら後ろに伸びてる瀬戸夏美二尉。彼女の胸に当たらないよう、もちろん倫理委員会にチクられないためだ、細心の注意を払いつつ肩をゆすった。
「ふぁい……あ、しっ失礼しました!」なんとか自我を取り戻したようだ。
「どうだ、海のドッグファイトは?」
「どうもこうも、元々哨戒機乗りが空だってドッグファイトなんて経験ないですよぅ。はー死ぬかと思った。」ただでさえ白い顔を、化粧したかのように真っ白にして瀬戸は顔をぶるぶるっと振るわせた。
元空軍といっても、彼女は操縦手として槍海に乗っているわけではない。
「敵艦は停止した。今から難民海賊軍に乗艦するから上手くやれよ。」
「いつものことですよ。大したことありませんって。」
瀬戸二尉の任務は敵艦停止後、乗っている敵兵、つまり難民を説得し、こちらの「うなさか」に伴走する輸送艦へスムーズに移乗させることである。
そして彼らは再度難民審査を受けた後、それぞれの希望を聞きつつ第三国を目指す。そういう国際約束なのだ。
「そいえばここからパラネシア諸島見えるかなぁ」瀬戸は少し身を乗り出した。上部の開いた槍海は360度の海と空を満喫できる最高の遊覧船だ。
「あれじゃないか? 難民海賊の前方に見えるやつ。」視界の右端に白い壁のようなものが見えた。
「あーあれかー。」
海面下に沈むはずだった島を特殊堤防で囲い「海面より低い標高2メートル」の島となったパラネシア諸島。
海流影響と設備と政治のすべてをクリアした「恵まれし国」。
難民たちの羨望と怨嗟の対象。
「きれいな堤防ですねぇ。」純白に光る堤防。
その上にはまた白い入道雲が伸びている。
「だなぁ。」
そういって俺たちは難民の待つ、淡い緑に光る艦へ舵を切った。
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