《小野田(おのだ) 倫》1

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「ごめん、そこ、私の席なんだ」   声のボリュームを上げて再度言うと、彼はゆっくりと私を振り返った。初めて同じクラスになったその目つきがいいとは言えない男は、知っている顔だ。けれども、話したことは一度もなかった。 「あぁ、俺、ひとつ前だった」   悪びれもなく席を立った彼は、「おい、謝れよ、甲斐(かい)」と友人にからかい口調で言われ、面倒くさそうに、 「ごめんね、倫ちゃん」 と棒読みで言って、前の席に移る。 私は「いいよ」と笑顔を作り、温くなっている座面に腰を下ろした。 「〝倫ちゃん〟だって。何繋がり?」   少し前の方で話している女子グループの中から声が聞こえたけれど、私は笑顔を保ったままで顔を上げなかった。彼女らの話題はめまぐるしく移り変わり、ほら、もう手を叩いて爆笑している。甲斐くんもその友達も、よく分からないマイナーな音楽の話を再開しはじめた。 「…………」   つまらないな。1年の時に一緒だった恵子とはクラスが別れたし、道孝もいないし。   周りの騒がしさが自分の孤独さを引き立てているような感じがして、私はケータイを取り出してメールチェックをした。道孝とだけやり取りをしているウェブメールのアイコンを押し、昨日のやり取りを眺める。   そして、〝自然に頑張る〟ってどうやるんだろうと、周囲に聞こえないようにため息をついた。
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