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ハミングバードは巣で泣いていた。巣の縁に降り立った僕に、げっそりと痩せた顔を向ける。
「クロウ君、私どしたらいい」
音のない縄張り一帯に、彼女のすすり泣きだけが反響する。こんなに静かな彼女の声は初めて聞いた。考えてみれば、泣くところを見るのも初めてだった。家に一羽でいる彼女を、こうして間近で見るのも、撫でてやるのも初めてだった。少しグラデーションのかかった緑の羽毛は、毛羽立ちが一切なく、まるで一枚の羽みたいに滑らかだった。栗か何かの甘い匂いがする。僕は今、彼女のすぐそばにいるんだ。
こんなにも愛しい彼女を慰めて、元気づけてあげたかった。けれどその気持ちの向こうには、ファルコンの後釜に座りたいという願望が、既にちょっと芽生えていたと思う。
「私一羽で、どうやって育てたらいい……」
そのことがひときわ気がかりみたいだった。ベビーはまだ二才だ。ハミングバードは確かに元気で強い子だったし、最初からシングルマザーだったら、なんとかうまく子育てできていただろう。けれど、十以上年上の夫と一緒にいれば、彼に頼り慣れてしまうのは自然なことだ。突然大きな支柱を失ったら、そうそう今までのように健気でいられはしない。まして彼女は──悔しいけど──ファルコンのことが大好きだったんだ。彼を失ったら、子育ての自信も失って当然だ。ハミングバードには今、止まり木が必要なんだ。
だからって、見切り発車だったと思う。背負えもしないものを背負い込んだと思う。はじめ僕は、あくまで臨床心理士として、ハミングバードの精神を診察した。それで分かったけど、彼女は病気になっていた。ファルコンの死で、すっかり人が変わってしまったんだ。到底、診察数回でケアしきれる状態ではなかった。僕はそのまま彼女の主治医になった。
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