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真っ先に後部座席を振り返った。長すぎるシートベルトの内側で、直人の小さな体が揺さぶられるのが見えた。正面に向き直り、重くなったハンドルに全力で抵抗して、傾いた車体を安定させる。二月の寒い雨の日だった。無理やり角度を戻したタイヤが、濡れた路面の上で僅かにスライドする。その小さな勢いで、軽の車体が横滑りし始めるのを感じた。すかさずハンドルを左に切る。すると、フロントガラスからの景色が真っ直ぐに戻った。これで落ち着いた、と思った矢先、ガツンガツンと連続する衝撃音が車内を震わせた。左を見ると、側壁が目前にある。接触したんだ。その衝撃だったんだ、と気付く。スリップしないよう、今度は少しずつ軌道を戻す。そうしてようやく車線の中央まで帰還する。狭まっていた視野が今さら広がる。
「うーん、おぃちゃん」
直人が声を上げたのはその時だった。
「直人君、大丈夫?」
ぎゅ、と辛そうに瞑られた目がルームミラーに映り、白鳥は再び後部座席を振り返った。直人の小さな手が、小さな頭の左側を抑えていた。先ほどの衝撃でドアの内側にぶつかったのかもしれない。
「頭、ぶつかった?」
前方に姿勢を向け直しながら、白鳥は聞いた。何かの拍子にワイパーが止まっていたようで、慌ててスイッチを回す。視界が驚くほど鮮明になる。
「いたい」
直人の返事は、少し不自然に遅れていた。白鳥は深呼吸を二度繰り返した。それでも息が落ち着かないので、さらにもう一度。
「ごめん。びっくりしたよね。おじちゃんが悪かった。すぐ痛いの治すから」
直人の体は、ルームミラーの中で前後に揺れている。……大丈夫だ。体を前後に揺するのは、いつものこと。元気な証拠だ。軽い打撲ってところ。事故に遭ったわけじゃない。ぶつかりかけたトラックを避けて、側壁に接触しただけなんだ。大事じゃあない。
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