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ツイてなかったんだ。白鳥は信号待ちで述懐した。先ほどの交差点には信号がなかったが、この辺りでは昼下がりの車通りなんて皆無に等しいから、珍しくもない。減速もせずに突っ切ってくるトラックになんか、そうそう出くわすことはない。けれど今回は、危うく横っ腹に食らうところだった。間一髪で避けたが、そのせいでバランスを崩し、冷えきった路面に滑って、狭まった道の側壁に突っ込みかけた。擦っただけで済んだのは不幸中の幸いだった。
出し抜けに「ぎゃあ」と直人が喚いた。白鳥は飛び上がって振り返った。直人は座席の上に脚を丸め、側頭部を掻きむしっていた。
「直人君、掻いちゃだめだ」
白鳥は運転席から手を伸ばし、直人が痛がる部分に触れてみた。
あれ、もっと丸くなかったか。
試しに、反対側の側頭部も触る。こっちのほうがムラがなく丸みを帯びてはいまいか……気のせいか?
直人が叫ぶように呻き、震えて、大人しくなった。
クラクションが聞こえる。信号が変わっていた。白鳥は姿勢を戻して急発進し、速度を上げた。
「直人君、すぐ病院に着くから」
「まま……まま」
ぞっとするほど弱々しい声だった。いつも母親をノイローゼにさせている、あのやかましさの欠片もない。
「お母さんもそこで待ってるから。すぐ会えるから、ねんねしちゃだめだよ。分かった?」
とっくに黄色かった信号の下をくぐり抜け、のろのろ進む前方の車どもを追い越す。
「直人君、聞こえた?」
くそ、なんでこんなことになった。くそう。
「直人君、何か言って!」
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