バードストライク

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 直人のシートベルトを外すのに手間取る。二回悪態をついてやっと外れた。やはり意識はないようだ。抱き上げた小さな体が、ひどく重く感じられる。 「白鳥先生! その子は?」  院内に入るなり、外来受付の坂井が駆け寄ってきた。 「急患──急患。由衣さんのお子さんなんだ。頭をぶつけたみたい。浜田先生に伝えて。俺は外科分かんないから──」  坂井は後ろ髪を振り回して受付に駆け戻る。白鳥は動かない直人を抱えたまま、ERに向かって走った。騒ぎを聞きつけたらしい浜田医師が、坂井からの内線を受ける前に飛んできた。 「先生──頭をぶつけたみたいで。小児科助手の息子さんなんです」 「こりゃ三次だな、すぐ準備しないと。ここで預かる」  浜田は直人を受け取るなりそう言った。白鳥が「私にできることは?」と言いかけた時、全身を(あわ)立たせるような叫びが、直人の名前を呼んだ。白鳥の背後から、血相を変えた由衣が、か細い脚をもつれさせながら走ってくる。 「母親を落ち着かせて」浜田は白鳥にそう囁き、ERの方へ直人を運んでいく。振り返れば由衣が立っていた。 「直人に何があったの。ねえ白鳥君、直人に何があったの。直人に何があったの」 「由衣さん──直人君は、俺が拾ったんだ──」白鳥は言いかけて、言葉を切った。彼女に知られたくない……自分のせいだとは。 「──すぐそこで倒れてた。病院の脇で」  由衣の顔は真っ白になった。自分の顔もそうなっていくのが、白鳥にはありありと感じられた。  由衣は白鳥の横を駆け抜け、ERの前で止まり、扉にかじりつく。白鳥は彼女の側まで行って、……そんな資格はないと知りながら、震える肩を抱き寄せた。 「大丈夫。絶対大丈夫。……絶対大丈夫」  誰にともなく言い聞かせる。うわ言のように。
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