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誰も呼び掛けに応えない。妙な空域に入り込んでしまったみたいだ。前も後ろも、左も右も、頭上も眼下も、どこもベージュ一色で、模様のひとつもなく、一切が無地だ。試しに羽ばたいてみたり、脚をばたつかせてみたけど、地面を蹴る感触も、風を受け流す感触もない。そう、それが一番気持ち悪い。風がない。何の音もしないんだ。自分がどの方向に動いているのか、そもそも動いているのかどうか。ここは何だ?
最初は荒野の上を翔んでいた。ルート66みたいな、ずっと遠くまで続く荒野だった。遠くに見える山々が青空のすぐ下にそびえていて、景色を濃いイエローとブルーにくっきりと分けていた。風が少しずつ強くなって、巻き上げられた砂で羽が痛くなってくると、その境界線がぼやけて、グラデーションになった。風が止んで砂煙が収まった頃、青色は一かけら残らず黄土色に飲み込まれていて、何の気配もない、まっさらな(あるいはぎゅう詰めの)一色になっていた。
人間の肌みたいな色だ。そう思った瞬間、その肌色が、少しずつ、ゆっくりと濃くなってきて、オレンジ色になり、赤色になった。そして、初めて模様が現れた。線だ。赤い地に割り込むようにして、細い線が次々と伸びていく。その色は、血が固まったみたいな暗いブラウンだった。
線のおかげで、周りの景色の形と広さが分かった。ここは、円錐を倒したような洞窟だった。翼を広げてもいないのに、重力が消えてしまったみたいに、僕の体は浮かんでいた。今いる所の周りは半径四メートルほどで、それが奥に向かって段々と狭くなっている。後ろを振り返ると円錐の底面があって、真っ黒な煙でもくもくと覆われていた。僕は翼を展開して、煙の外側に抜けようと羽ばたいた。しかし、底面に近付くと激しい風が吹き込んできて、全く進めない。何度も試すうちに風がもっと強くなって、元いた所まで押し戻されてしまった。気が付くと景色が暗くなっている。茶色の線が煙に毒されたみたいに黒くなって、幅も拡大していた。面積の激減した赤地の方が線に見えてきて、それももう数本しか残っていない。
音が聞こえた。
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