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僕は首が変になるぐらい素早く振り返った。円錐の頂点の方からだ。
また聞こえた。声だ。すすり泣くような鳴き声。
洞窟の奥に向かって羽ばたく。風の抵抗はなかった。赤い線が更に細くなり、一本、また一本と減っていく。僕は急いだ。赤い線が全て消え去ってしまう前に、声の出所に辿り着かなければいけない気がした。どうしてか分からないけど、そう感じた。
やがて進路の先、洞窟の突き当たりに、緑色の点が見えた。近付くにつれて、輪郭がくっきりしてきて……それは雌鳥の後ろ姿だった。すすり泣きはそこから出ていた。前に回り込むと、彼女が小さな卵を抱えているのが分かった。もはや残り一本になった赤い線は、その卵に生えたヒビから流れ出ているものだった。
彼女は顔を上げた。僕がよく知っている顔だった。涙と震えで何も言えない様子だったが、その目は明らかに救済を求めていた。
僕はその卵を助けたかった。そうすることで、彼女の精神を守りたかった。だから、本能的に動いた。消えてしまいそうな赤い線に脚を伸ばして、掴んだ。けれど、その線は液体だった。掴んだ部分が血みたいな飛沫になるだけで、捉えられない。どうしたらいいか考えているうちに、赤い線が卵のヒビから離れ、円錐の底の方へ流れ出した。あっという間だった。全力で追いかけたけど、赤い線は絶望的な速さで黒い煙に吸い込まれて、消え去った。
駄目だった。
「駄目だったという事実」が、黒い煙の正体だった。事実は恐ろしい勢いで僕と彼女に襲いかかってきて、全方位を囲い込んで、身動きできないほど狭く、鋼鉄みたいに容赦なく、僕達を締め付けていく。
彼女は絶叫した。鋼鉄の事実の中で無限に木霊して、僕の胸をズタズタに張り裂いた。
それでも、その絶叫でも、彼女の卵は動かなかった。
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