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出して。ここから出してくれ。まだ翔びたい。本当は、まだ翔びたい……空が忘れられない。雲ひとつない大空と、その濃いブルーを写す大海原。その二つの世界の境界を、オーバートップに入れて疾走する。真っ直ぐに、ずっとずっと真っ直ぐに、自分でも止まれない速度を保ったまま。直前まで視界に入っていた水面の煌めきや、遠くの鳥達の影が、遥か後方へ見えなくなる。駆け抜ける風が体を包み、耳との摩擦音は止むことがない。潮風に囲まれて、もう進める方向は前だけだ。この速さによる不安な感じと、後戻りできない浮遊感が、震えるほど気持ちいい。
気持ちいいな。夜が明けて間もない、空気が一番おいしい時間帯だった。ファルコンの翼が、日の出を鮮やかなブラウンに反射している。明け方の空気に撫でられて、辛そうだった彼の表情も少し和らいでいた。今朝は彼の帰路に付き添っている。最近のファルコンはずっと具合が悪そうだったが、今日は特にきつそうに、何度も重く咳き込んでいた。ふらつく上司を一人で帰すのは気が引けて、家まで送ることにしたのだ。
ファルコンがまた咳き込んだ。喉をガラガラ言わせる低音の咳だった。僕は失速した彼に速度を合わせて寄り、自分より一回り大きい背中をさすった。近くで見ると、彼の羽毛はまばらに抜け落ちていて、ところどころで地肌を覗かせているのが分かった。ファルコンは僕の視線に気付いた様子で、一瞬だけ、自嘲するように笑った。
僕はなんだか不安になった。ファルコンとは長い。彼とは波長が合っていた。外科と精神科で、畑はまるで違ったが、根っこのポリシーにちょっと通ずるものがあったのだ。フランクな師弟関係みたいな仲だった。天気の良い夜勤明けには、よく沖合いを一緒に翔んだりしたものだ。
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