第1章

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第1章

発車ギリギリで乗り込んだ地下鉄は人もまばらで、咄嗟に掴んだドア横のポールは痛いくらいに冷たい。  ビクッと手の平から指先に持ち直し、辺りをくるり半周する。量産されるリクルートスーツでさえもう少しましなデザインだろう、不自然にだぼついた黒のスカートスーツに奇妙に青みがかった白シャツを合わせ、借り物なのか歩く度に脱げてしまいそうな先の剥げた黒いパンプス。 その中身である木村祥子(きむら・しょうこ)はそのまま端の席に座り、はぁっと小さく息を吐いた。  乗り換えは無事完了。遅延情報も特になし、とすれば目的地まで約20分か……祥子はスマホを取り出すと、少し大きめのイヤホンを力技で両耳に押し込める。そうしてお気に入り登録しておいたYouTubeの動画を開けば、午後に予定された面接の予習をはじめるらしかった。 『本日のお客様は、東雲香月(しののめ・かづき)さんです!東雲さんはソーシャル・ネットワーキング・サービスサイト“REAL FACE”の創始者であり、最高学府T大主席入学・卒業、初代T大王など数々の異名をお持ちの俗にいう天才と……』 (はいはいはいはい。すごいすごい。あー胸焼けしそう) 祥子は冗談のような黒縁メガネをもの凄い形相で押し上げると、思い切りよく終わり三分の一程にバーをスライドさせる。 『……REAL FACEはアクティブユーザーが10億人を突破されたようですが、今後どのような事業展開をお考えなのでしょうか?』 (この司会者、ほんといつ見ても胡散臭い笑顔。でこっちは……) 『まあ、色々です』 (うわっ前見た時より不機嫌そうだしっ。嫌なら出るなよ)  画面のほとんどを占領した東雲は、この種の業界のトップとしては珍しく見るからに質の良さそうなスーツと装飾品といった風体で、その人気俳優顔負けの端正な顔を1ミリも動かすことなく全身にイラつきを纏っていた。  それはさておき。またこれも予習にすらならなかった。今度こそはほんの些細な経営方針のカケラでもはなしているのではないか。そんな期待を毎回キレイに裏切ってくれる無愛想すぎる東雲を、祥子はその丸みのある小鼻でふっと自嘲気味に笑うと、いくつかのアプリに指先を迷わせ、諦めたようにスマホを閉じた。
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