182人が本棚に入れています
本棚に追加
そう言って俺たちに手を上げて眞人は人ごみの中へ消えていった。
その頃になると回りの注目も薄れてきていたが、一旦出鼻をくじかれてしまったので少々言い辛い。
仕切り直しがつけられない状況になっていた。
あの時の勢いはもはや消え失せ、このまま言っても俺の感情全てを伝えきれないだろう。
どうやってまた思いを伝えようかと思案していると、蛍がため息を吐く音が聞こえた。
ふと視線を向けると、こちらを見ていた蛍と視線が合ってしまう。
視線で蛍が何か促すような視線をよこしてくるが、あいにく俺にはそれが何を促されているのか分からない。
そんな俺に痺れを切らしたのか、蛍は大通りに向かって歩みを進めてしまう。
「っ、蛍!」
呼ぶが歩みは止まらず、片手を上げてタクシーを止めているところだった。
大通りと言う事も有りすぐにタクシーは捕まり、乗り込もうとしている蛍を見たら頭の中で今まで必死に考えていた物がブツッと音を立てて切れるのが分かった。
すぐさま蛍の元へと駆け出し、扉が閉まる寸前で自分の手を入れて止める。
「……基臣。俺の邪魔しないで」
視線は正面を向いたまま、冷ややかな声音で俺に告げる。
蛍は元来自分の行動を抑制されるのを好まない。
以前の俺であったら蛍の機嫌を損ねては後が面倒くさいと、余計な事はしなかったが今は違う。
ここで帰したら次いつ会えるか分かった物ではない。
また新しい携帯を契約して呼び出しても次は蛍だって慎重に事を運ぶだろう。
蛍は馬鹿ではないのだ。
「基臣っ!」
怒鳴りながら視線を俺へと向ける。
やっと蛍の眼球が俺を捉えた頃には、俺は蛍を奥に押し込み自分もタクシーに乗り込んでいた。
「基臣お前っ!」
「行ってください」
蛍が俺へ腕を振り上げ殴ろうとするが、俺だって簡単に殴られてやるつもりは無い。容易にそれを受け止め運転手へ自分のマンションの住所を伝える。
蛍が何度か俺の拘束を振り切ろうと力を入れるが、無駄なことに気づいたのか隣から舌打ちが聞こえると抵抗が無くなった。
漸く蛍が落ち着いたのを確認した俺は、蛍の腕を掴んだまま目を瞑り少しの間現実世界との関わりを遮断する。
狭いタクシーの空間の中、俺と蛍と運転手は誰一人声を発する事は無かった。
最初のコメントを投稿しよう!