182人が本棚に入れています
本棚に追加
「やだ!やだ!絶対やだ!」
俺の言葉を遮るように、瞳からこぼれる涙も拭わないまま蛍は顔を上げる。
「やだ、やだ、やだやだやだ。何で忘れなきゃいけないんだよ!?」
主に代わり涙を拭おうと目じりに手をやると、突然その手をつかまれる。
涙を拭われるのが嫌だったのかと手を外そうとすると、蛍は俺の手を自分の頬に宛てながら視線を上げる。
「俺も基臣が好きだよ。初めて見た瞬間からずっとずっと好きだった。それなのに忘れろだなんて酷いよ……」
俺を見つめ、瞳に不安の色を濃くしながら俺に想いを告げる蛍。
見ているだけで分かる。
今蛍は怯えているのだ。そして緊張している。
俺が知っている蛍はいつでも余裕で、常に相手の上に立ち、自分の意見が覆される事など考えないような男である。
何をそんなに怯える必要がある?
「バーカ。お前が不安がる事なんて何にも無いんだよ。俺が好きになった蛍はいつでも強気で余裕で、誰にも負けないオーラがでてる蛍なんだよ。だからこんな瞳ウルウルさせてるような蛍よりも瞳ギラギラさせてる蛍のほうがいいんだわ俺」
前髪を掻き分け、表れた額に口付けを落とす。
蛍は俯き数度鼻を鳴らして気持ちを落ち着かせたようだった。
段々と今まで蛍を形成していたしおらしい雰囲気が感じられなくなり、代わりにいつもの蛍の雰囲気が戻ってきていた。
先程はああ言ったがしおらしい蛍もそれはそれで良かったのだが。
「ならさぁ……基臣がそんな俺に戻してよ」
俺の首に腕を回し、挑発するような目でそんな言葉を告げる。
『もう戻っているだろ?』などという無粋な突っ込みは入れない。
これは蛍の大好きな駆け引きなのだ。
そんな蛍に多感な青春時代を付き合わされていた俺はその駆け引きが嫌いじゃない。
あの頃は蛍が望む言葉を考え、蛍の機嫌を取りながら対応していたが今はそこまでしなくても良いだろう。
俺だってこの駆け引きを楽しみたいのだ。
あの頃と違い、俺たちの想いは対等なのだから。
最初のコメントを投稿しよう!