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「契約解消の時期をずらしてはどうかしら?」
麻衣が提案する。
「契約を反故(ほご)にするというのかい?」
「……それほど、急ぐ必要があるの?」
「この1年。僕は幸せだった。僕の賭けの結果は良い目が出たんだ。初志貫徹、悪い事ではないだろう?」
貴史には自分の判断が正しかったという自信がある。
「でも、これにサインをすれば、全て元に戻ってしまう……」
麻衣は目の前の離婚届に手を触れることが出来なかった。
「一旦、2人が自由になるだけだよ。その後に、僕らは好きな道を選択できる。君は北斗の苗字を自由にできるんだ。取り戻してもいいし、今のまま捨て去ってしまってもいい。素晴らしいことだと思わないか?」
「自分で自分の運命を選べと?」
小首をかしげた。
「それは、僕には分からない。祖父は星だの天命だのと言ったけれど、実際は信じてはいなかった。僕だって同じだ。自分の道は自分で切り開くつもりだ。だからこそ強引に君と結婚したし、計画通りに契約は満了させたいと思う。すべて、自分の意思を貫くためだ」
貴史が貫こうという意志は、麻衣から見れば環境に対する不適応そのもので危ういものだ。
「そう……」
麻衣は頑なな貴史の態度に説得を諦め、……いや、貴史という存在そのものを諦め、差し出されたペンをとって署名した。
「もう1枚にも頼むよ」
「予備も作るなんて。結婚した時と同じね」
重なっているもう1枚も離婚届だと思ってめくった。
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