偽りの恋人

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車は高速に乗った。 「どこに行くの」 「ドレスに着替えてから、祖父の家に行く」 「遠いの?」 「世田谷だよ」 「東京の?」 「他にあるの?」 「さぁ……」 車が東京に近づくにつれて不安が膨らんだ。そこは夢を抱いて大学に通い、結局、夢破れて離れた街だ。正確には、悪徳金融会社が摘発されてから、部屋代が払えなくて地方に引っ越したのだが。 東京には怪しい力が蠢(うごめ)いていて、良からぬ仕事をしている者たちが大勢いることを知っている。……まさか、風俗業に売られたりするのでは?……想像は広がったが声にはしなかった。今さら根掘り葉掘り質問したり、車から降ろしてくれと泣きわめいたりしたくない。そんなことは世の中のことを知らないガキがする格好の悪いことだと思うからだ。 しばらくは窓の外に広がる闇と疎らな街の灯を見つめていたが、不安を抱えながら足掻(あが)かないのは、自分が見栄っ張りだからだと気づいた。
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