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祖父の武貴が他界してから貴史は温泉ジャーナリストの仕事を減らし、企業経営に力を入れるようになっていた。それもこれも武貴の死というインパクトが与えた効果だ。
麻衣は体調の優れない日が多く、仕事を休むことが多くなった。その日も、朝から体がだるく微熱があったので自宅で休んでいた。
貴史が帰ってきたのは、午後8時を過ぎた頃だった。
「来月は四十九日の法要だよ。親父と段取りを話してきた」
リビングで紅茶を出す麻衣に話した。
「そう。おじい様が亡くなったのは、つい昨日のような気がするけど。……私たちの契約も明日で満了ね」
「ああ。約束は約束だ。君の体調が優れないのに、こんな話をしなければならないなんて……」
貴史はA4サイズの封筒から二つ折りの書類を取り出してテーブルの上に広げた。離婚届だった。
「もうサインもしてあるのね。あなたらしい」
「性分なんだ」
「このことをお義父様はご存じなの?」
「祖父さんが死んだばかりなんだ。とても話せないよ」
「そうよね……」
麻衣は紅茶にミルクを垂らした。クリアな黄金色の紅茶の上に、人を惑わすような乳白色の渦ができた。
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