わずか十秒のこと

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わずか十秒のこと

 まず、弁当の中身を肉類、野菜、米に大きく分ける。米は当然却下。白飯が自信作でうまく炊けたんだぁとか言われても、私にはその違いを表現する単語もないし、違いを見抜くほど鋭敏な舌もない。  肉か野菜か。ここは肉類に目を向けるべきだろう。先程も感じたことだが、海咲ちゃんは肉類の方が好きなはずだ。自信作も当然好きな物の中に含まれている可能性が高い。実際、野菜の方に目を向ければ茹でただけのもの、あるいは生野菜、少々手のかかっているのは胡麻和えぐらいか、と自信作になるにはパンチ力の足りないものばかり。  カテゴリーは肉類に絞られた。タコさんウインナー、から揚げ、ミートボール。この三種類が肉類にカウントされる。  いや待て、私の脳裏に稲妻が駆け抜けた。卵焼き、卵焼きはどうなる。卵は卵でお肉ではないか? いや、そんな考え方で選択肢から外すのはナンセンスだ。そもそも、卵は肉の元と言っても過言ではないわけだし。  海咲ちゃんが作ったのは、出汁巻ではなく卵焼きだ。黒い筋がぐるぐる入っているところを見ると、ノリが巻き込んであるらしい。美しい黄色と黒のコントラストが美しい。  コンマ数秒の後、私の脳裏に妙案が浮かんだ。  私は自分の小さな弁当箱のおかずが入っている方を海咲ちゃんの方に差し出して見せた。 「じゃあさ、卵焼き、交換してみない?」  この回答にたどり着くまで、わずか十秒足らず。人生で一番、脳を働かせた自身がある。 「良いねぇ」  その甲斐あって、海咲ちゃんは満面の笑みでそう言ってくれた。  私は母親が作ってくれた甘くて柔らかい卵焼きを、一つ摘まんで海咲ちゃんの弁当箱に入れた。同じように、海咲ちゃんも海苔入りの卵焼きを私に一つくれた。 「うーん、美味しい。甘くて、それにフワフワ」 「篠崎さんの卵焼きも美味しい。海苔が香ばしくて、凄く引き締まった味」  海咲ちゃんの作った卵焼きは、塩味だった。うちの母親は卵焼きに砂糖を入れる人だったので、これはなかなかに衝撃的だった。
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