零日目

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零日目

「君! 屋上へ着いてきたまえ!」  突然、見知らぬ女生徒に声をかけられ、手を引かれ二人で走った。僕は彼女に何事かをたずねる。 「ある生徒が、屋上から飛び降りようとしている。君の力を貸してくれないか?」  僕を先行して走る彼女の顔はうかがい知れないが、恐らく必死で話しているのだろう。汗ばんだ手の感触が伝わってくる。僕は、彼女の手を強く握り返し、言葉を返す。 「それは、緊急事態、だね……っ」  階段を駆け上がっているのだ、そりゃあ息だってきれてしまう。屋上まであと一階層。 「そうだろう? だから、私を助けてほしい」  さらに強い力で握り返された手は、彼女のギザギザとした爪が皮膚に食い込んでくる。キャシャな腕。白い肌。細い指。だが、彼女は決して薄弱ではないようだ。  それなのに、彼女の背中はひどく淡い。  屋上の扉を視界にとらえる。扉は、僕たちの足を止めた。堅く閉ざされ、錠前がかけられている。  どういうことだろう。屋上では、誰そかが今にも飛び降りようとしているらしいのに。例の彼は、もしくは彼女は、いかにして屋上へと出たのだろうか。そもそも、なぜ僕が呼ばれたのだろう。扉を隔てた先にいる人は僕の知っている人なのだろうか。荒い息で考えるが脳に酸素がうまくいきわたらないせいで頭が働かない。  彼女はというと、まるで当たり前の日課かのように片手でポケットから鍵を取り出し、錠を外す。僕の手は片時も離していない。扉を解き放つ、開け放つ。  夕暮れ時の、黄昏色の、儚いが気強い太陽光が僕たちに突き刺さる。五月も半ばだ、少しばかり汗ばんでしまう。一歩、一歩と屋上を歩いていく。辺りを見回す。人はいない。  彼女の握力が緩む。彼女は僕の手を振り解き、正面のフェンスへ駆けていく。  そして彼女は、振り向いて、言った。 「さあ、説得したまえ」  微笑んで、言った。 「早くしないと、私はここから飛び降りるぞ」
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