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「あ──」
これまで、だれと話すときも、平静を保っていた。
わたしは送り出される人間であってはならない。送り出す側でいるべきだと。
どこか、そんな決意めいたものがあったからだ。
けれど、決壊した。
扉をくぐってくる女性のすがたを見て、なにもかも、歯止めがきかなくなった。
「おひさしぶり」
女性は、言った。
「ああ……ほんとうに」
わたしは、涙があふれるのを意識しながらも、なんとか応えた。
「なんか、変わってないね」
「そんなこと言って、中まで見るの、はじめてだろう」
「だいたい、どうなってるかくらい、わかるわよ。あなた、単純だもの」
「ひどいな」
「さて、わたしの知らない本がないか、さがしてみよう」
「やめてくれ、恥ずかしい」
わたしは。
さりげなく、カウンターの裏から、それを取り出した。
もう、ずっとむかしに、包装した本。
「これを、きみに……わたしたくて」
できなかった。わたせなかった。
どうしてだろう。いまとなっては、わからない。
いちど、くずれてしまった関係。破滅してしまった絆。
取り戻したくて、やり直したくて、それが、すべてだったのに。
つまらない意地だったのかもしれない。恐れ、だったのかもしれない。
彼女を、彼女との未来を、一生、未来永劫、失ってしまうこと。
その喪失を確定させてしまうこと。言葉にされてしまうこと。
それが、怖かったのかもしれない。
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