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「小説なんだ。恋愛小説」
わたしは、かすれ声で言った。ふるえているのを、自覚した。
「──ばか」
彼女は、顔を上げて、笑った。
「遅すぎるよ、ばか」
「わかってる。ああ、わかってる」
わたしは、うなずいた。
「ごめんよ」
彼女は両手を伸ばした。
彼女は、綺麗だった。いまでも。むかしから。
そして、わたしの気持ちを、受け取ってくれた。
「さっき、そこで」
彼女は照れたように言った。
「わたしの写真集とか見つけたけど。それも大量に」
「そりゃあ……」
きみが、わすれられなくて。
「ねえ、もういいの?」
彼女が聞いた。
「うん、たぶん」
「みんなには会えた? わすれてる人はいない?」
「そう思う」
「まだたくさん、本がのこっているみたいだけど」
「いいんだ。古本屋にでも出そう。だれかがひょっこり、見つけてくれるかも」
「あなたのことを思い出してくれる人は、きっと、たくさんいるわ」
「そうかな」
「感じない? いまも、みんなが詰めかけているのよ」
もしそうなら、うれしいことだ、と思った。
後輩の教員や教え子、顧問をしている部活の生徒──。
まだまだ、のこしたいもの、たくしたいものは、数えきれないくらい、いっぱい、ある。
わたしが人生をかけて集めた知識、経験、技術……。
わすれかけていた趣味なんてものも、出てきたりする。
こんなにたくさんのものが、自分のなかに、満ちていたとは。
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