読んで欲しい

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『ねぇ、八雲。私達を売る気がないだなんて、本当?』 大学教授が店を出て行ったのを見計らって、愛らしい少女の声の主、スカーレットが不安気に問う。 彼女のタイトルは『この愛は朽ちて』。 初版は一九一二年、イギリスの女流作家スカーレット=エヴァンスによる、悲恋を描いた切ない恋愛小説だ。 「いや、売る気がない訳じゃないんだよ」 『嘘!』 気の強い一面もある、明朗な十代の少女のような性格で、八雲は大抵スカーレットに言いくるめられる。 『八雲の気遣いは伝わるのだが・・・・・・。しかし、あの説明では購入意欲が失せてしまうのではないか?』 「左近寺さん、あなた達を安心して手放すには、あれでも足りないくらいで・・・・・・」 紳士的で柔らかい口調だが的確な意見を述べる彼は、『我、太平洋に沈む』という史実を描いた物語の主だ。 著書名は左近寺久という。 『お前、最近この本屋が何て言われてるのか知ってるのかよ』 アンソニーと呼ばれることを嫌う彼のタイトルは『革命ーその栄光と影ー』。 フランス革命の、主にナポレオンの半生を綴った立派な装丁の古書であり、著者はアンソニー=ド=ボーヴォワールである。 口調は荒いが不器用な優しさの裏返しではないかと、八雲は思っている。 「いえ・・・・・・知りませんが」 『売らない本屋、だとよ。売れねえ本屋よりタチ悪いぜ』
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