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店主 楠木八雲
「いいですか?まず湿気と直射日光には充分気をつけて!この子達は本当にすぐ弱ってしまいますから。それとですね、本棚に保管されます?」
「は、はあ」
「絶対に斜めに置かないでくださいね。垂直に!ブックエンドを使うのがベストです。ああっ!!ちょっとお客様、背表紙に指を掛けて出さないでください!この子は特に痛がりますから」
『クスノキ堂』店主、楠木八雲の慌てた声が、狭い店内にこだまする。
白いシャツに褪せたジーンズ、『クスノキ堂』の文字が小さく刺繍された濃紺のエプロン。
まだ若いその店主は、後ろで束ねた長い黒髪を揺らしながら、懸命に説明しているのだが・・・・・・。
目に止まった古書を購入しようとしていた大学教授は、頬を引きつらせ苦笑いを浮かべ出した。
「では、先ほどご説明した十項目を必ず守って頂けるなら、この『大切に読みますカード』に一筆・・・・・・ーー」
「あのう。本を買うだけですよねぇ?何だか面倒だし、他を当たります。失礼」
「おや。そうですか?それは残念です」
小ぶりのベルが、リン・・・・・・と揺れ、ドアが閉められる。
客を見送る店主の手には、売れなかった古書。
その臙脂の表紙をさも大事そうに撫でると、八雲はほっと胸をなで下ろし、小さく呟いた。
「ああ、買われなくてよかった」
『・・・・・・おい、八雲よ。また客にゴタク並べやがって。あのジジイ、折角俺を買いそうだったのによ』
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