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楠木八雲の才
『クスノキ堂』は元々、父の店であった。
八雲は幼き日々の大半を、古本が溢れ返る店の中で過ごしていた。
読んで字の如く、本に埋まりながら夢中で読みあさっていたのである。
一度表紙を捲れば、綴られた文字が八雲に語りかけてくる。
本は彼にとって、未知の知識を教鞭する師であり、素晴らしき空想の世界へ誘う案内人であった。
なぜ新書ではなく、古本なのか。
大学を卒業した彼は、ふと己に問う。
自分が、誰も表紙を開いたことのないぴかぴかの新書より、何人もの手に渡ってきたような、くたびれた古本に惹かれることに疑問を抱いた。
幼い頃から数え切れぬほど読み返した一冊の空想小説がある。
いじめられっ子の少年が古本屋から盗んだ本の中の世界に入り、その異世界の崩壊を救う、壮大なファンタジーだ。
大切に読んでいても、銅(あかがね)色の装丁に、二匹の蛇がお互いの尻尾をくわえた模様が描かれたお気に入りの表紙は、年月とともに色褪せ・・・・・・。
それでも、その本は彼にとって宝物であった。
きっと温もりなのかもしれないと、彼は思う。
売られた経緯はわからない。
だが、頁に浮かび上がる指の跡は、確かに彼らが読まれ愛されてきた証拠であり、その温もりに惹かれているのだと、そう感じた。
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