楠木八雲の才

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楠木八雲に奇妙な才が与えられたのは、父に代わって『クスノキ堂』の経営を初めて一年が過ぎた頃である。 店の戸締まりをし、カウンターのスタンドライトだけで手元を照らす。 薄暗い中、こうして頬杖でもつきながら本を読むのが、彼にとって一番世界に入り込める方法であった。 時を経つのも忘れて、活字を目で追いかけていると・・・・・・。 『窮屈だわ』 声が聴こえた。 少女の囁く声だった。 八雲はハッとして顔を上げ辺りを見回すが、当然誰の姿も無い。 気のせいかと首を傾げ、再び視線を落とす。 すると、今度は男の声が壁際の書架の方から聴こえてきた。 『だが、八雲の親父よりはマシだろ』 息を潜めて立ち上がり、そうっと近づく。 床の軋む場所を慎重に避けながら、ゆっくりと。 『ああ。わたしもそう思う。しかし文句を言ったところで無意味。所詮我らの声は、持ち主に・・・・・・ーー』 「届いてますよお!?」 素っ頓狂な八雲の声が店内に響き渡った。 棚に両手を掛け、声の主達と思わしきその背表紙を覗き込む。 その瞳は驚きよりも喜びに満ち溢れ、嬉々として輝いていた。
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