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私は、拉致された!――やっと、彼女はその結論にたどり着いた。
そのとき、不意に背後から男の姿が現れた。この部屋に自分以外の人間がいたことを初めて知って、彼女の身体は緊張する。男は彼女の横を通り過ぎ、ビデオカメラのほうへと歩いていく。
――この男が、私を拉致したのだろうか。
あるいは自分を助けてくれる人かもしれない……、という淡い希望は、男の容姿を見た瞬間に消え去った。白いワイシャツに黒のスラックスと革靴という日常にありふれた服装とは対照的なものが、首の上に載っていた。
男は、黒いガスマスクを被っていたのだ。一見して本物かレプリカなのかはわからないが、精巧にできたガスマスクだった。その異様な風貌は、彼女の恐怖を更に大きくした。コンクリート剥き出しのこの部屋が、ガス室なんじゃないかと錯覚させた。
男はビデオカメラの前に立つと、そのレンズに向けてこう言った。
「視聴者の皆さん、<罪と罰ショウ>のスタートです。私は、このショウの執行人です」
それはボイスチェンジャーか何かで加工された、低い機械的な声だった。
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