記念日

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吹き出た汗と液体に濡れた肌。 身体に張り付く心地悪さを静かに手放して。 全てが混じり合い、溶かされていく。 心なしか、弘からいつもの優しさが薄れているような気がした。 真の身体の間に両手をついて、何も言わず身体を繋いでいく。 二人の浅い息と、時折窓の外から聞こえてくる 車のクラクションが”夜の世界”を作り上げる。 休みなく揺すられる身体に心を繋ぎ止めておくことに必死だった。 油断するとすぐ、意識は快楽を求め、だらしなく涎を垂らす。 腕を回した弘の背中に力を入れて、またすぐに緩めた。 弘は眉を少し垂らして、額を真の額に優しく押し当てた。 「…弘…?」 「帰っちゃうんでしょ」 「弘…」 「寂しい」 弘の長い前髪が視界を遮って、表情を伺うことが出来ない。 ただ吐息交じりに小さく呟いたその一言が、真の心を抉った。 「…ごめん」 謝ることしかできなかった。 これを”夜の男”の常套句だと片付けることが 出来ない程度には弘と関りを持った。 たとえ真実でなかったとしても、そう信じていたい。 ここは”夢の世界”だ。 願うだけなら幻でも、許されるだろう。 真は指で弘の前髪を掻き分けた。 薄茶色の瞳に、やはり自分の表情が映る。 今はどうにもこの顔が見たくなくて、 弘の目を手で覆った。 「…あんまり顔、近づけないで」 「えぇ…なんで…」 「弘の目は色素が薄いだろ…俺の顔が映って、恥ずかしい」 嫌だ嫌だと言って塞がれた視界を 引き離そうとする弘の唇を、静かに塞いだ。 弘は大人しくなった。 弘の目を覆っていた手を放し、 そのまま背中に手を回して身体を寄せた。 汗ばんだ背中は少し冷えて、冷たくなっていた。 「来週も…宜しくお願いします」 「うん…お待ちしております。」 そう言って弘は身体を寄せてきた真の背中に腕を回し、 自分の胸の内に収めた。
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