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記念日-次の週-
突然の真の申し出に、
弘は目を大きく見開いた。
部屋に入ってきてすぐのことだった。
弘が扉を開けると、仁王立ちになって腕を組んだ
真が目の前に飛び込んできた。
お気に入りの猫目睨みをお見舞いしてくる。
咄嗟に腕時計を見た。
20:00。
時間には遅れていない。
真を怒らせるようなことをした覚えはなかったが、
何か琴線に触れるようなことをしたのだとしたら
いけない。
この状況について説明を求めようとした矢先だった。
「どうしたの…まだ会って1秒しか経ってないよ…」
「早く…早く言って、すっきりしたくて」
そう言って目を泳がせた真は、ネクタイに指を
通しながらバスルームに向かって行った。
時々、真は驚くほど大胆な行動に出る。
それが本人の意思なのか、気を遣ってのことなのかは分からない。
まっすぐで、不器用で。
急に手渡される、少しいびつで柔らかいやり取り。
それは、弘をいつも和やかな気持ちにさせた。
「…あれは相当悩んだな。この一週間。」
一人そう呟くと、
バスルームから、大きなくしゃみの音が聞こえてくる。
弘は思わず吹き出した。
荷物を部屋の一番奥にあるソファまで運び込み、
ジャケットを脱いで背もたれに掛けた。
そのまま、ソファに腰を下ろす。
一息吐いて、窓の外を見やった。
外は珍しく静かで、
車や人通りも少なかった。
代わりに聞こえてくるのは、
せわしなく蛇口を開けたり、閉めたりする音。
バスルームからだった。
弘はまた一つ笑って、天を仰いだ。
「俺…今日、どうなっちゃうんだろ」
そう呟きながら、
弘は着ていた淡いブルーのシャツのボタンに指をかけた。
シャツのボタンを一つ、一つ、丁寧に外していく。
その度に、手首につけてきたシトラスの香水が鼻を掠める。
最後のボタンを外し終わったとき、バスルームの扉が開いた。
バスルームの扉を見つめて、弘は小さく笑った。
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