誰かの知らない、誰か

6/6
36人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
「悩むなら、俺に会いに来たってことにすれば良いって、前に言ったね。」 「…覚えてるんだ。」 「もちろん。まこと話したことは、全部覚えてるよ。」 この男の言葉を、どこまで信じたら良いんだろう。 弘は良い奴だし、優しい。 信用はしている。 けれどもこの甘い言葉が、全ての客にもたらされているものだとしてもおかしくないのだ。 そういう、仕事なのだから。 「…あれから毎日鏡で自分の顔を見るようにしてるけど、全然猫目に見えないんだけど。」 「ええ。どう見たって猫目じゃない。ほら、目尻がキュってなってるじゃない。」 「そんなに吊り上ってないし…じゃあ、弘の目の形は?なんて言うんだ?」 「俺はね…犬目!こう丸くて、ちょっと垂れてる。忠実そうな感じの。」 「…それ弘の造語だろ。猫目もだけど。」 こんな風に他愛もない話をしたくても、 「夜の世界」は時間が来れば消えてしまう。 弘は、その中で暮らしている。 この時間以外は、存在しない人間なのだ。 そんな男に、会いたいと思うなんて。 何をしたいんだろう。 何を求めているんだろう。 やはり、答えは見つかりそうもない。 「…今日も、俺に会いに来たってことにしてくれる?」 弘が囁くような声で真に問いかけると、 真は首を小さく縦に振り、黒く長い睫を静かに伏せた。 弘は満足そうに微笑み、また真のまなじりを優しく親指で撫で上げた。 今しばらくは、この時間を楽しみたい。 今しばらくは、夢を見ていたい。 夢を、見せてもらいたい。 真は薄暗い意識の中に身を放り込むように、目を閉じた。 終わり
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!