誰かの知らない、誰か

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「悩むなら、俺に会いに来たってことにすれば良いって、前に言ったね。」 「…覚えてるんだ。」 「もちろん。まこと話したことは、全部覚えてるよ。」 この男の言葉を、どこまで信じたら良いんだろう。 弘は良い奴だし、優しい。 信用はしている。 けれどもこの甘い言葉が、全ての客にもたらされているものだとしてもおかしくないのだ。 そういう、仕事なのだから。 「…あれから毎日鏡で自分の顔を見るようにしてるけど、全然猫目に見えないんだけど。」 「ええ。どう見たって猫目じゃない。ほら、目尻がキュってなってるじゃない。」 「そんなに吊り上ってないし…じゃあ、弘の目の形は?なんて言うんだ?」 「俺はね…犬目!こう丸くて、ちょっと垂れてる。忠実そうな感じの。」 「…それ弘の造語だろ。猫目もだけど。」 こんな風に他愛もない話をしたくても、 「夜の世界」は時間が来れば消えてしまう。 弘は、その中で暮らしている。 この時間以外は、存在しない人間なのだ。 そんな男に、会いたいと思うなんて。 何をしたいんだろう。 何を求めているんだろう。 やはり、答えは見つかりそうもない。 「…今日も、俺に会いに来たってことにしてくれる?」 弘が囁くような声で真に問いかけると、 真は首を小さく縦に振り、黒く長い睫を静かに伏せた。 弘は満足そうに微笑み、また真のまなじりを優しく親指で撫で上げた。 今しばらくは、この時間を楽しみたい。 今しばらくは、夢を見ていたい。 夢を、見せてもらいたい。 真は薄暗い意識の中に身を放り込むように、目を閉じた。 終わり
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