誰かの知らない、誰か

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誰かの知らない、誰か

「……。」 田中歯科。 リストランテ・タナカ。 田中青果店。 街を歩けば、どうしても目に入ってきてしまう。 今までは、気に止まることもなかったのに。 恋愛に迷走した末、男と肉体関係を持つ決断に至ってから早3ヶ月。 そこで出会った男、田中弘(たなかひろし)。 またねと言われたけれど、 正気に戻ってからはとても次の予約を入れる気にはなれなかった。 弘は男性専用のクラブ「夢見荘(ゆめみそう)」から派遣されてやってきた。 夢見荘の男たちは名前の通り、指名した客に夢を見させるためだけに存在している。 会えるのはホテルの一室だけで、それ以外の場所で会うことは叶わない。 予約を入れ、男を呼んで、奉仕をしてもらったら、おしまい。 初めはそういうものだと思っていたのに、弘は真が想像していたような男ではなかった。 妖しげな色気の内側から覗く、素朴な人柄と、母性。 愛されることばかりを求めるのではなく、愛することを忘れてしまえば人間関係はうまく続かない。 そう気づかせてくれたのも、弘だった。 あれ以来、弘には会っていない。 最後に会ってからもうすぐ3ヶ月が経つ。 そういえば、弘は昼間はサラリーマンをしていると言っていた。 どんな仕事をしているのか、真には想像出来なかった。 「夜の男」は、こうしている間にもどこかで昼の仮面をかぶっているんだろうか。
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