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「わっ、だだだっ、大丈夫っ」
──だから、手を離して!
私が心の中で叫んでいることなど少しも気づかずに、颯は顔を近づけてきた。
心配してくれてるのはありがたいんだけど、距離が近い。
額に触れた颯の手から、私の中に流れ込んでくる熱に溺れてしまいそう。
大きな手のひら、私の前髪を揺らす吐息。
意識しだしたら、どんどん羞恥心が込み上げてきて、私は両手で顔を覆った。
「は、颯に触られてると、恥ずかしいから……。とりあえず、手を引っ込めてくれると助かります……」
「──っ、なんだよ、それ」
ドキドキ、恋の音が近づいてくる。
心が乱されるのは、単に距離が近いから? それとも、恋人っていう肩書きの効果? とにかく私は、きみといると呼吸すらままならない。
「ドキドキして苦しいから、一旦落ち着きたいなあーと……思うんです」
「無理、このまま照れてる先輩の顔、見たいんで。諦めてください」
敬語の応酬を繰り返すけど、颯はいつになく強気で引く気配がない。
「本当に、お願いだから……わっ」
不意打ちで両手首を掴まれ、そのまま手を顔から外させられた。
紅潮する顔を颯に至近距離で見られてしまい、全身からぶわっと汗が吹き出す。
「み、見ないで……!」
──神様、仏様、私を瞬間移動で地球の裏側にでも飛ばしてください!
私は泣きそうになりながら、心の中で無謀に祈る。そんな私を壁際に追い詰めるかのごとく、颯は食い入るように凝視してくる。
これは拷問だ。可愛いなんて言ったから、新手の仕返しなのでしょうか!
いつもはすぐに逸らされる颯の目が、熱に浮かされたように潤んで、私の心ごと捕える。
「やばい……もう無理だ。俺、彼氏だよな? 先輩の彼氏だよな?」
颯の問いかけは自分自身に言い聞かせているようにもとれたけれど、私はコクコクと首を縦に振って答える。
──今度はなんの前触れだろう。
いきなり手で熱を測ってくるという前科があるので、襲撃に備えて身構えてしまう。
「くっ……花音先輩、ちょっと失礼します!」
「え──」
私の返事を待たず、颯はガバッと私を抱き締める。
──きゃああああああっ。
胸の中で、私の叫びがこだました。
心臓がバクバクと、胸の内側から突き破ってきそうな勢いで暴れている。
「ほんと好きだ。可愛い、好きだ……!」
背中と腰に回った腕に、ぎゅううっと力が込もる。
身体の重なっている部分から、体温も鼓動も想いも溶け合うようにひとつになっていく感覚。
これ以上くっついてたら、アイスクリームみたいにドロドロに溶けてしまいそう。
落ち着かない、でも……ずっとこのままでいたい。
相反するこの気持ちに名前をつけたくて、私は颯の背中に腕を回そうとした。
そのとき、ふぅぅーっとなにかを堪えるみたいな息が耳にかかる。
こそばゆくて身じろぐと、颯は私が離れようとしたと思ったのだろう。
「もう少し、このままで」
そう言って、あろうことか私の肩口に顔を埋めた。
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