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船に乗れるという。日本の平戸行きの商船だ。
夢が叶う。
上海市街を流れる黄浦江の港から私たちの乗る船は出航した。黄浦江はやがて長江の河口に合流する。
河口には無数の船が行き交っていた。
南蛮から来た商船は、長い旅のうちに傷だらけになり、ようやく目的地に辿りつこうとしている。
日本から来た船は小ぶりながら見事な操船で波を切っている。
長江を遡らんとしている船は重い荷を積んでいるらしく、船体を深く水面下に沈めている。
海に向かって舳先を並べる船団は未知の世界へ憧れ出ようとして、激しく帆を動かしている。
私たちの船は外洋に出た。風は順風、帆は美しい曲線を描いて膨らんでいる。日はゆっくりと傾き、海はどこまでも碧い。私は十六世紀の風に吹かれている。
陳博士が筆を取り出し懐紙にさらさらと何事かを書き付けている。
私が覗き込むと、李博士も覗き込んだ。李博士の顔が近い。いいにおいもする。
陳博士はその懐紙を私に手渡した。読めるか?ということらしい。
「この漢詩はよく知ってるなり。」
私の手元を覗き込んだ戸部典子が、手元から懐紙を取り上げた。
「たしか『海市』という題名なり。」
「海市」の七言絶句は、私もよく知っている
海市とは蜃気楼のことだ。北宋の大詩人、蘇東坡(そとうば)の作である。
漢詩にはめずらしく海に題材をとっている。
中国人にも海に対するこんなにも豊かな感性があったことに私はあらためて敬服した。
戸部典子が朗々と、日本語で読み下した。
斜陽万里、孤鳥没っす (しゃようばんり こちょうぼっす)
但見る、碧海の青銅を磨けるを (ただみる へいかいのせいどうをみがけるを)
蜃気楼のような歴史の海を眺めながら、もう何も想うことは無い。
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