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「わたしの欲しているものは、こんなものではない」
持資は山吹を娘に突き返し、あばら家を飛び出した。
ようやく追いついて来た重頼を無理矢理馬に乗せる。
「やあ」
と、馬に鞭をくれると、城へと駆け戻った。
「あの娘、一体何を考えていたのか……」
夕餉の膳に向かいながら、持資が言った。
持資主従が夕立の雨の中、難渋の末城に戻ったのは、酉の刻頃のことである。風呂で汚れを落とし、ようやく人心地付いたところだ。
持資の父道真は所用で出かけており、持資と重頼のふたりだけの食膳であった。
持資があばら家の中で出遭った娘の話をすると、重頼は腕を組んだ。
「さよう」
しばし、考えにくれる。
あれこれ記憶を辿る時、腕を組んで上を向くのが、この老人の癖である。
重頼はふと、箸を置いた。
「七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだに無きぞあやしき、という古歌がござります」
持資は膝を打った。
「おお。後拾遺集に載せられたる、兼明親王の御歌であったな」
「さよう」
重頼は頷いた。
「兼明親王が小倉の家にお住まいの時、蓑を借りたいと言った方がおり、その断りとして山吹の枝を差し出した。その心を詠んだのがこの御歌・・・・。実のつかぬ山吹と蓑一つさえ持っていない暮らしぶりとを掛け合わせし御歌でござりますな。ご存じの通りでござります」
「まさしく、それであろう」
持資が上ずった声を上げた。幼い頃から沈着なこの少年には、珍しいことである。
「あの娘は兼明親王の歌に寄せて、断りの意を表した、ということか」
「御意にござりまする。ただ・・・」
重頼は顎に手をやった。
「ただ、末尾の『あやしき』は礼儀に沿わぬ、というような意。貧しき娘にはふさわしからず。『かなしき』とでも読み替えた方がかの娘の心を表すことになるかと存じまする」
「実のひとつだに無きぞ悲しき、か・・・・」
雷に打たれたごとく、ふいに持資の眉が曇った。
「わたしは、歌道に暗いのう」
持資は箸を取り落とし、視線を落とした。
「あのようなあばら家に住む若い娘が咄嗟に思いついた謎を、解けなんだと
は・・・・」
これまで自分が学んできた学問とは、一体何だったのか。実際の世の中では用をなさない、暗記するだけのものだったのではないのか。
日頃、内心のどこかで感じ続けていた疑問が裏打ちされたようで、持資は愕然とした。
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