三つ目の小石

4/37
前へ
/37ページ
次へ
 峯雄氏は鎌倉時代から武蔵国豊島郡に勢力を持つ土豪で、長年近隣の領主たちと土地争いを繰り広げていた。それでも前当主久成の時代には太田家の武威に服し、争いの矛を収めていたが、当主が今の久長に代わってから、公然と反旗を翻した。持資が各地の争いごとを治めるため本拠地である江戸を離れると、ただちに兵を挙げ近隣の領主を襲い、土地を奪うことを繰り返してきた。  関東の長官である持資から見れば許しがたい暴挙であるが、持資は無闇に戦を起こし、多くの者が殺し合うことは好まない。   持資は久長に、争いごとをやめ他の領主から奪った土地を元の主に返すよう求める使者を送った。  久長は拒絶し使者を殺害。  両家は戦争状態となり、持資は二百ほどの兵を率い、倍に当たる四百人の兵が立て籠もる峯雄氏の砦への討伐を開始した。  持資の兵はすでに峯雄氏の砦の南方一里の村まで迫っていたが、持資は兵たちはあえて連れず、側近の中村重義ただひとりのみを伴い、斥候に出たのである。  持資が自ら斥候に出ること自体は珍しくはないが、今回は特に理由があった。  ・・・・峯雄氏は不思議な戦い方をする。敵の兵をひとりも殺さず、味方の犠牲者も出さず結果的には戦に勝っている。  そのような噂を聞き、自らの目で確かめようと欲したからである。  「確かに、不思議よの。弓矢の使い方が実に不思議」  持資が重義の方を向いて言った時、重義はあさっての方向を見つめていた。  「殿。あれを」  持資は重義の視線が追っている情景に、自らの視線を合わせた。  持資の軍がひしひしと取り囲んでいる砦の物見台へ登る梯子を、ひとりの尼が登りつつあった。  灰色の法衣を身につけ、頭部を白い布で覆っている。  法衣の裾が踝まであるため、早くは登れない。一段、一段踏みしめるように進んで行く。  折からの夕日を受けて、からだ全体が紅に輝いているように見える。  彼女を包む空気には、清楚な香りが漂っていた。  「美しい・・・・」  重義が茫然と呟いた。  尼の姿を認めると、先刻まで持資へ向け矢を放っていた兵たちは手を休め、こぞって膝を付き、丁重に礼の姿勢を取った。  尼の姿は、どう見ても戦闘員には見えない。  重義は首を捻った。  「何者でしょう・・・・。降伏の使者でしょうか」  尼を指差す重義の手を、持資が遮った。  「いや。違うようだ。よく見ろ。背中に矢を負うている」
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加