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砦の中で、歓声が沸き起こった。
先刻まで声を上げず、整然と弓を引いていた若い兵たちが手を叩き、足を鳴らしている。
「間違いない」
持資は大きく頷き、頭上に諸手を挙げ、手を叩いた。
歓声の中、尼は射手の構えを解いた。
首をやや背中に向け、箙をしばし探る。
その中から一本の矢を取り出すと、尼は持資に向き直り、弓を引き絞った。
矢は、先刻と全く同じ軌跡を描いて、持資の頭上を越える。
「殿っ」
蒼白になった重義が叫ぶ。
持資は振り向くと、重義に笑顔を向けた。
「大丈夫。矢に何か括りつけてある。矢文のようだ」
またぞろ松の木に突き刺さった矢には、白い紙片が括り付けられている。
紙片を矢から外しながら、持資は呟いた。
「紅皿・・・・。まさか、こんな所で出逢うとは・・・・」
(二)
南の空に、月が昇っている。
満月である。
持資と重義は、峯雄氏の砦から南方一里ほどにある村の民家の一室に対座し、濁酒を傾けていた。率いてきた二百の兵たちには同じ村内の民家に分散して泊まるよう命じてあり、夜半を迎えた村内は静まり返っている。
重義は持資の家来ではあるが、年齢は一つ上である。幼少時からの付き合いゆえ主従の垣根を越えて親友のような関係にある。持資にとっては、本音で語り合うことのできる数少ない人間のひとりであった。
「この村の民家は、いずれも構えが立派ですな」
天井の方を見上げながら、重義が言った。
「うむ」
持資が頷いた。
「この村は父の代から、太田家の領地だった。年貢を低く抑えてきたゆえ、民が豊かだ。それに引きかえ・・・・」
持資の眉が曇った。
「峯雄の領内は、領主が今の久長に替わってから、民が大変苦しんでいると聞く。武器を買い集めるため年貢を増やし、貴重な労働力である村の男たちを兵に集める。その結果生活に困窮し、田畑を捨て逃げ出す者が多いそうだ」
「この村にも、峯雄領から逃げて来た者が数多いそうですな」
「その通り。かような者たちのためにも、この戦、必ず勝たねばならぬ」
持資は拳を握り締めた。
重義は持資の持つ杯に濁酒を注いだ。
持資はこれを、一息に飲み干す。
「夕刻に見た峯雄の弓部隊。そして、彼らの師匠と見える尼殿。あれらをいかにご覧になりましたか」
重義の問いかけに、持資は問い返した。
「重義。お主はどう見た」
「さよう・・・・」
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