三つ目の小石

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 重義は顎に手をやった。  「先刻は幸い、我らに当たることはございませんでしたが、戦場にてあれだけ大量の矢を整然と次々と射られては、まともに戦えば当方に相当な損害が生じましょう。正面きっての衝突は避けた方がよろしいかと存じまする」  「ほう。歴戦の猛者であるお主もそう思うか」  重義は頷いた。  「はい。決して怖気づいた訳ではございませぬが、油断ならぬ怖い相手、と感じました」  「峯雄の狙いは、それだ」  持資は手にしていた杯を置き、語気を強めた。  「それ、と申されますと?」  「うむ。あれはな、珠洲流というものだ」  「すずりゅう?」  「すずというのはな、たまのすと書く。能登の最北、小さな海辺の村の名だ。いつの時代か、この小さな村に、大陸から仙人と名乗る者が流れ着いた。親切な村人が彼を助け、食料や住まい、衣服を与え、帰国までの助けをしたという」  「大陸から? まあ、土地柄からいえば、珍しきことではないのでしょうな」  「うむ。で、その仙人は助けてもらった礼にと、不思議な技を村人に伝えた」  「不思議な技?」  「そう。戦わずして勝つための極意だ。村人たちはそれを旧来の弓矢と融合させ、子々孫々伝えて改良し、ついに一つの弓矢の流派として確立させた」  「それが珠洲流ですか」  「さっきお主、峯雄の弓部隊に怖さを感じたと言うたであろう。珠洲流は基本的に、人は殺さぬ。高度な技を見せ付けることにより、敵にとても勝てぬ、と思わせ戦意を失わせることに極意がある」  「なるほど」  重義が膝を叩いた。  「それで分かり申した。峯雄を巡る不思議な噂は、珠洲流だったわけですな」  ・・・・峯雄氏は不思議な戦い方をする。敵の兵をひとりも殺さず、味方の犠牲者も出さず結果的には戦に勝っている。  「何やら奇妙な呪術でも操るのかと思いましたが、もともと戦わずして勝つことを目的とした技なのであれば、納得が行きまする。我らが江戸を離れると、峯雄は近隣の領主から全く、戦うこともなしに土地を奪っていた。つまりその珠洲流を使って敵に脅威を与え、戦わずして勝っていたということですな」  「そういうことだ」  持資は重義が再び濁酒を杯に注ぐのを受けながら、深く頷いた。  「しかし・・・・」  重義は首を傾げた。  「先刻斥候に出ていた際は、殿はあれが珠洲流とはおっしゃらなかった。何故あれが珠洲流と分かったのです?」
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