三つ目の小石

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 「ああ。問題は、そこよ」  持資は眉間に皺を寄せた。注がれた酒を一息にあおると、すぐに杯を重義の前に突き出した。  重義が酒を注ぐと、持資はまた一息にあおり、ため息をついた。  「あの尼殿だ。あの尼殿が現れて、全てを悟った」  「尼殿?」  重義はさらに酒を注いだ。  「珠洲流の極意が高度な技によって敵に脅威を与えることとしますと、まさにあの尼殿は脅威。空高く投げ上げた小石に矢を当てるなど、神業でござる」  「神業?」  ひとこと言うと持資は、黙り込んだ。  持資は目を閉じた。  ふたりの間にしばし、沈黙が流れる。  「殿。いかがなされました」  ややあって重義が、困ったように声を上げた。  持資は目を開き、重義を真っ直ぐに見つめた。  目が、充血している。  「あれはな。神業などではない。気の合った者同士で息を合わせれば、ごくたやすきこと」  「はあ?」  意想外の言葉に、重義は耳を疑った。  「あの尼殿を、ご存じなので?」  「ああ。彼女は珠洲流の総帥の娘。名を、紅皿という」  持資は、遠くを見つめる目をした。  「知っているどころではない。十年以上、探し続けたひとだ」  「・・・・」  絶句する重義に、持資は続けた。  「お主には話しておこう。お主の父重頼殿も、一役買っていること故な」  「父上が?」  覚えず膝を進めた重義の前で、持資は大きく頷いた。  持資、十五の歳のことである。  当時の名は、持資といった。  幼少時から持資は太田家の跡継ぎとして大人たちの期待を一身に背負い、当時武家の最高教育機関である鎌倉五山や足利学校で学んでいた。儒書や仏典など、年長者でも手こずる難解な書を幼くして諳んじ、大人の前で解釈して見せた持資は、久しく「神童」と呼ばれていた。  元服を迎え、才気に磨きがかかり、親族は勿論、主家である上杉家からも一目置かれる存在となっていた持資。  が、持資の心はどこか満たされない、空疎な思いに支配されていた。  自分は儒書仏典の解釈に関する限り、同世代の他の者より優れているかも知れない。だが、それだけのことだ。つまるところ大人の真似をして、難解な書物を分かったように解釈し、大人に迎合しているに過ぎない。   まだ甘えたい幼い頃から、母親から引き離され、他の子供たちのように野山を自由に駆け回り遊ぶことも許されなかった。自分の意思など、どこにあったのか。
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