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元服後、少しだけ自由な時間が持てるようになると、持資は幼少時の空疎な時間を取り戻し、内面の葛藤を癒すかのように、鷹狩りと称して城を抜け出し、野山を疾駆した。
ある晩春の一日。
持資はいつものように、幼い頃からの守役であった中村重頼ただひとりを連れ、武蔵野の原に出かけた。
月毛の愛馬に跨り半日野原を巡り、気がつくと日は西に傾き、暗雲が空を覆い始めた。
やがて空一面が漆黒となるや、土砂降りの雨が落ちて来た。
不意に出かけたため、雨具の支度などしていない。
(この雨、わたしの気の迷いのせいか)
半ば捨て鉢にそう思い、主従とも濡れ鼠になりながら帰途についた持資であったが、持資の眼前は霧がかかったごとくなり、進むにも難渋するようになった。
「せめて、蓑さえあれば」
自分のことは、いい。
老体である重頼がずぶ濡れになれば、かなりこたえるであろう。持資は何とかしてやらねばと考えた。
ふと見ると、ぼうと霞む前方に、小さな茅屋が建っているのを認めた。
「行ってみよう」
持資は馬に鞭をくれると、重頼より一足先に、あばら家へ向かった。
馬を降り近づいてみると、茅葺の屋根には方々に穴が開き、漆喰の壁には黒ずんだ苔が生している。
ひび割れた板戸を叩く。
はじめは返事がなく、空き家かと訝ったが、あえて二度叩くと、微かな女の声が聞こえた。
「はい」
僅かに、戸が開いた。
見ると、小柄な若い娘が、眼を伏して立っている。
齢は、十五六であろうか。持資と同年代と見える。
透き通るように肌が白く、切れ長の大きな眼が、きらきらと輝いていた。
「雨に降られ、困っている。後で必ず返しに来る故、蓑を貸しては下さらぬか」
娘は、驚いたように持資を見上げた。
頬を赤らめ、再び俯くと、奥へと駆け戻る。
裏の勝手口の戸を、開ける音が聞こえた。ごく小さなあばら家のことである。少し奥に入れば、戸外に出てしまうのであろう。
蓑を取りに行ったのであろうと思い、待っていると、果たして娘が何かを手にし、戻って来た。
娘はずぶ濡れになりながら、恥ずかしげに手にしたものを差し出した。
山吹の枝である。
清らかな黄色い花弁が、僅かに濡れている。一粒、雫が零れた。
「これは・・・・?」
娘は視線を落としたまま、ものを言わない。
ややあって持資は、山吹の枝をとりあげた。
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