三つ目の小石

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 元服後、少しだけ自由な時間が持てるようになると、持資は幼少時の空疎な時間を取り戻し、内面の葛藤を癒すかのように、鷹狩りと称して城を抜け出し、野山を疾駆した。  ある晩春の一日。  持資はいつものように、幼い頃からの守役であった中村重頼ただひとりを連れ、武蔵野の原に出かけた。  月毛の愛馬に跨り半日野原を巡り、気がつくと日は西に傾き、暗雲が空を覆い始めた。  やがて空一面が漆黒となるや、土砂降りの雨が落ちて来た。  不意に出かけたため、雨具の支度などしていない。  (この雨、わたしの気の迷いのせいか)  半ば捨て鉢にそう思い、主従とも濡れ鼠になりながら帰途についた持資であったが、持資の眼前は霧がかかったごとくなり、進むにも難渋するようになった。  「せめて、蓑さえあれば」  自分のことは、いい。  老体である重頼がずぶ濡れになれば、かなりこたえるであろう。持資は何とかしてやらねばと考えた。  ふと見ると、ぼうと霞む前方に、小さな茅屋が建っているのを認めた。  「行ってみよう」  持資は馬に鞭をくれると、重頼より一足先に、あばら家へ向かった。  馬を降り近づいてみると、茅葺の屋根には方々に穴が開き、漆喰の壁には黒ずんだ苔が生している。  ひび割れた板戸を叩く。  はじめは返事がなく、空き家かと訝ったが、あえて二度叩くと、微かな女の声が聞こえた。  「はい」  僅かに、戸が開いた。  見ると、小柄な若い娘が、眼を伏して立っている。  齢は、十五六であろうか。持資と同年代と見える。  透き通るように肌が白く、切れ長の大きな眼が、きらきらと輝いていた。  「雨に降られ、困っている。後で必ず返しに来る故、蓑を貸しては下さらぬか」  娘は、驚いたように持資を見上げた。  頬を赤らめ、再び俯くと、奥へと駆け戻る。  裏の勝手口の戸を、開ける音が聞こえた。ごく小さなあばら家のことである。少し奥に入れば、戸外に出てしまうのであろう。  蓑を取りに行ったのであろうと思い、待っていると、果たして娘が何かを手にし、戻って来た。  娘はずぶ濡れになりながら、恥ずかしげに手にしたものを差し出した。  山吹の枝である。  清らかな黄色い花弁が、僅かに濡れている。一粒、雫が零れた。  「これは・・・・?」  娘は視線を落としたまま、ものを言わない。  ややあって持資は、山吹の枝をとりあげた。
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