逃げなきゃ

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夜の森を走り抜ける小さな影が一つ。 その影は疲れ果てながら何かから逃げるように懸命に走っていた。 「はぁ…っ、はぁ…っ!!」 顔色を青くしながら息を上げるその童子の腕にはもう既に亡き赤ん坊がしっかりと抱きかかえられている。 何度か、木の根に足を躓かせ転びそうにそうになるのを踏みとどまり、麓の方まで降りていこうとするその童子。 「どうっ…して……っ!!」 童子の目には涙がたまっており、今にも溢れ出さんばかりだった。 唇を食いしばり、泣くのを我慢するが、霞んでくる視界はどうしても止められない。 後ろに誰もいないことを確認し、近くの柊の木の影に隠れる。 目をつぶり、まるで恐怖から身を守るようにその身体を丸め込ませると、小さな嗚咽が聞こえて来る。 「どうしたんじゃ、小童」 その童子の前に華やかな着物を身にまとった綺麗な女の人が立っていた。 「ひっ…!!」 怯えるようにその女の人を見る童子。 それを見て、女は軽く笑い、安心させるように頭を撫でた。 「童よ、何か怖いものでも見たのか?」 目線を童子に合わせ、柔らかな口調で聞くと、童子は一つ、言葉を発した。 「おかあさん、が…」 それだけを言い、また童子はわあっと泣き出した 一つため息を吐き、女はその童子の横に座った。 「御主の母が、どうしたんじゃ…?」 女が次に問いかけても、唯聞こえて来るのは嗚咽と泣き声のみ。 泣きじゃくる童子に困ったように女は童子が泣き止むまで童子の側に黙って座っているだけだった。 しばらく経ち、日が見えてきた頃、童子は穏やかな眠りについていた。 女は少し困ったように隣の童子の頭を撫でた。 そして、少し異変に気付く。 「童…御主……赤子を…?」 そう、童子はまだ腕にしっかりと赤子を抱えたままだったのだ。 童子の腕には赤い血のあと、赤子の頬はもう青くなり、一見して、もう生を宿していないことがわかった。 「…7つまでは神の子と言うが…これは…」 息を飲み、赤子の頬を一撫でする女。 決意を抱いたように、女は童子を揺さぶり起こす。 「小童、起きるのじゃ。…小童。」 けれど、未だ子供。そう簡単には起きるはずもない。 はぁ、と一つため息を吐き、女は軽々と童子を抱きかかえて、獣道を歩いて行った。
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