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「生き急いでいるみたいね」 彼女が、フッと鼻で笑うようにそう言った。 きっと、嫉妬心はすぐには消えないのだろう。生き辛そうな人だな、そんな考えが一瞬だけ頭を掠めた。 「どうやら記憶がね、保てないようだったんだ」 「え?」 「え…」 彼の言葉に反応する彼女と、一緒になって声を上げたのは私だった。慌てて口を押さえるが、二人は声に反応してこちらを見ていた。私はバツが悪くなり頭を下げると、すぐに逃げるように本屋を後にした。きっと変に思われたに違いない。 外は休日の昼間には有り難いほどの晴天が広がっていた。快晴でなくて良かった。雲一つない空など、つまらない。有無雲でさえ、その形を薄っすらと空に彩ってくれるのだから。 雲のように自由気ままに現れては消えて、さまざまに形を変えて。そうして過ごしていた時期があった。その頃の記憶は曖昧で、いくらも覚えてはいないのだが、それは私が歳を重ねたせいではない。もっと別の要因によるもの。 あの頃は、多くの柵に揉まれていた。悔しさと苦しさで、まるで暗闇に落とされてしまったように前も見えなくなっていたが、私はそれでも軌跡を残し続けていた。 それらをやっと振り返ろうと思えるようになったのだ。そう思い直して、一度離れてしまった本屋へと踵を返したのだった。 もう一度先ほどのコーナーへ向かうと、もうあの二人の姿はなかった。いくらかホッと胸を撫でおろして、彼らが手にしていた本の前へと足を向けた。 それは、白を基調に薄く青と緑を垂らしたようなデザインのハードカバーだった。世間の話題に上がることもなかったその本を、未だに置いてくれているこの本屋に有難みを感じる。私は迷わずその本を手にすると、レジへと向かった。
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