3人が本棚に入れています
本棚に追加
また一つ、ページを捲ろうとしたところでマスターがオーダーを運んできた。
「お待たせしました、ドアーズのローズオータムナルです」
そう言って彼は、白磁にバラが繊細にあしらわれたティーポットとカップをテーブルに並べた。
「せっかくだから、サーブしていって下さる?」
「かしこまりました」
私がそう口にしたのは、彼のカップを置く様やポットから注ぐ仕草、どこを取っても優美で品のあるそれが好きだからだった。
うっとり見惚れていると、カップからはほのかにバラを思わせる香りが漂った。この茶葉独特の香り。色でなく凹凸だけでバラを表現したそのティーセットは、色味と香りを楽しむためにという配慮なのかもしれない、とふと思う。ほかのもので、茶葉本来の良さを邪魔しないよう。
「お食事は少し後の方がいいですよね?」
当然のように彼がそう尋ねてくれることに、笑みを浮かべる。
「ええ、少し本を読みたいから」
そう返すと、彼は細やかに「ごゆっくりどうぞ」とだけ告げて下がっていった。不思議なほどに心を読み取ってくれる彼の接客は、なんとも心地良い。
そして、私はまた次の短編のタイトルを見る。
これは、幸せについて考えていた頃に書いたもの。
結婚というものを、誰もが幸せの形として考えがちだからこそ、歪んだカタチで幸せを描きたかった。狂気を孕んだそれは、他者から見たときにはひどく歪に見えても、当人はやはり幸せであるのだと思える描写が書きたかった。
友人の結婚式の後に、この話を書いたはずだ。
誰からも好かれるような思いやりとユーモアのある友人。式もだからやはり、彼女を心から祝福する人しかいないような空間だった。みんなが彼女を愛しているような、彼女の旦那さえも愛しているような、そんな式。
見たものを、感じたものを、私を通して別の物語として織り込んでいく。読んだ人に改めて考えるきっかけになるように。
私の一部ずつを切り離した作品たちは、そのどれもが私の書いたものであるのは明らかで、読めばたしかにその頃のことが蘇ってくる。それが怖くて、今日に至るのだ。
最初のコメントを投稿しよう!