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また一つ、ページを捲ろうとしたところでマスターがオーダーを運んできた。 「お待たせしました、ドアーズのローズオータムナルです」 そう言って彼は、白磁にバラが繊細にあしらわれたティーポットとカップをテーブルに並べた。 「せっかくだから、サーブしていって下さる?」 「かしこまりました」 私がそう口にしたのは、彼のカップを置く様やポットから注ぐ仕草、どこを取っても優美で品のあるそれが好きだからだった。 うっとり見惚れていると、カップからはほのかにバラを思わせる香りが漂った。この茶葉独特の香り。色でなく凹凸だけでバラを表現したそのティーセットは、色味と香りを楽しむためにという配慮なのかもしれない、とふと思う。ほかのもので、茶葉本来の良さを邪魔しないよう。 「お食事は少し後の方がいいですよね?」 当然のように彼がそう尋ねてくれることに、笑みを浮かべる。 「ええ、少し本を読みたいから」 そう返すと、彼は細やかに「ごゆっくりどうぞ」とだけ告げて下がっていった。不思議なほどに心を読み取ってくれる彼の接客は、なんとも心地良い。 そして、私はまた次の短編のタイトルを見る。 これは、幸せについて考えていた頃に書いたもの。 結婚というものを、誰もが幸せの形として考えがちだからこそ、歪んだカタチで幸せを描きたかった。狂気を孕んだそれは、他者から見たときにはひどく歪に見えても、当人はやはり幸せであるのだと思える描写が書きたかった。 友人の結婚式の後に、この話を書いたはずだ。 誰からも好かれるような思いやりとユーモアのある友人。式もだからやはり、彼女を心から祝福する人しかいないような空間だった。みんなが彼女を愛しているような、彼女の旦那さえも愛しているような、そんな式。 見たものを、感じたものを、私を通して別の物語として織り込んでいく。読んだ人に改めて考えるきっかけになるように。 私の一部ずつを切り離した作品たちは、そのどれもが私の書いたものであるのは明らかで、読めばたしかにその頃のことが蘇ってくる。それが怖くて、今日に至るのだ。
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