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本が出た当初、書店の新刊コーナーに並ぶそれを見たとき、嬉しくて嬉しくて仕方なかったのに。それでもページを捲ることはどうしてもできなかった。 当時が一番、体調が良くなかった。 私のことを好きだという男性二人にひどく言い寄られていて、それが何より私を追い詰めていた。一人はお世話になっていた職場の方で、もう一人はよく私の相談相手になってくれた方だった。どちらも、男性としてではないが必要な存在だった。だからこそ、どうしていいのか分からなくなったのだ。 一人は、私をひどく攻め立てるように、「俺のどこが悪いのか」と私に詰め寄ってきた。悪いところがあるから付き合えない、などという問題ではないことを少しも理解してくれなかった。人を好きになるということを知っているのなら、その熱を知ったのなら。分からないはずがないのに。職場でこれからも使ってもらわないと、生活費を稼げないと思っていた私は本当のことをずっと言えずにいた。 本当はずっと、思いを寄せる人がいるのだと言えたらどれほど良かっただろう。 言えなかったのは結局、自分が仕事を女としてやっていたに過ぎないのだ。一人の人間として仕事をできていたなら、あんなに身体を壊すまで我慢せずに済んだのに。 不定期にやってくる、不眠症と過眠症、そして鬱。仕事もままならなくなって、薬もどんどん強くなっていた。少しのストレスで記憶が抜け落ちたり、意識が飛んでいたあの頃。 それを思い出すだけで苦しくて、この本を開くことはどうしたってできなかったのだ。あんなに辛い日々が、もしまた繰り返されたら。その恐怖から逃れるために、出版社から送られてきた本もその表紙すら見なくていいように売ってしまったのだった。 すべてから解放されたかった私は、5年ほど前にその全部を手放した。本だけでなく、仕事も。そして、書くことさえも。それが、この店に初めて来た頃だった。 縋るように、苦しみに耐えながら続けた仕事。けれどもう限界だと感じて手放したとき、どうして今までこんな簡単なことができなかったんだろうと思うほどに世界は広がって見えた。
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