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 一体、何が起こったの?  ぼくは尻もちをついていて、左のほっぺは痛くて熱い。  抱えていた本は、地面に落ちて汚れている。  大きな影がぼくを覆う。  その影を作っているのは、ママだった。  重そうなカバンを脇に抱えて、仁王立ちをして、怖い顔。  ぼくを叩いてから、ずっと何か怒鳴ってる。 「ママは本を盗めなんて言ってない」 「"トクベツ"? なにそれ?!」 「あんたのこと、嘘をつく悪い子に育てた覚えはないわ」 「あんたのせいで、私が嫌な目で見られるじゃない」 「あんたのせいよ!」  ママ。  ママ、なんでウソつくの?  ぼくは悪い子なの?  ぼく達、本当に泥棒なの?  ママ。  どうして、そんな怖い顔するの?  理不尽なまでに一方的に浴びせられる怒鳴り声に堪えていると、右肩から声がする。 「ねえ、うそつきのにおい、するよ」  水色の小さな竜だ。  長い鼻をスンスンと鳴らし、ママに向けている。 「それに、ごほんたちのこえ、きこえる。『つれてかないで』って、ないてる」  竜が見るのはママのカバン。  ぼくも耳を澄ます。  本当だ。シクシクとカバンの中から泣き声がする。――本達の助けを呼ぶ声だ。 「ジイジー、らんいちー、まどー、るかー! ドロボーみっけたよー」  声高らかな竜の宣言が、残酷にぼくの耳の奥でこだまする。  ドロボー、泥棒。  ああ、やっぱり、ぼく達は泥棒なんだ。  知らなかったんだよ。  ううん、心のどこかではわかっていた。  でも、ママの"トクベツ"ってウソを信じて、ぼくは喜んで本を盗んだ。  ダメなことだって、気付かないフリをした。 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」  地面に突っ伏して、泣きじゃくる。  何度も「ごめんなさい」を繰り返すぼくのすぐ近くで、いくつもの足音がして、ぼくとママの間で止まった。 「失礼ですが、カバンの中身を確認させていただきます」 「嫌よ。そんな勝手が許されると思ってるの? 警察呼ぶわよ」 「ええ、どうぞ。こちらは一向に構いませんよ。ですが、貴方はそれでよろしいので?」  お店のおじいさんの声とママの声。  顔を上げても、目の前には竜の目と同じ青い色の髪をしたお兄さんがぼくの前にしゃがんでいるし、その後ろにはお店のおじいさんがいて、ママは見えない。  あんなに怒鳴っていたママが、今は静かだった。  それどころか、誰もしゃべらないんだ。  沈黙がどれくらい続いただろう。  ドサリと重い荷物を地面に落とす音がした。それをすかさず、おじいさんが拾う。 「ご説明いただけますね?」 「うるさいわね」  ママの声は凄く尖って怖かった。  おじいさんが、ふう、とため息を吐く。 「己の手を汚すのみならず、無垢な子どもを騙して罪を背負わせ、その上、手を上げるなど、母親のする事ですか。恥を知りなさい」  おじいさんの声は決して大きなものではない。  だけど、それは重く厳しい怒りの声だとわかる。  涙で霞むぼくの目には、おじいさんの肩と強く握った拳が震えているように見えた。  難しいことはわからない。  でも、おじいさんが、何故かぼくのために怒っているのはわかった。 「男なら、いつまでも泣きっ面下げて、地面にへばり付いてんじゃねーよ。おら、立て! 踏ん張れ」  青い髪のお兄ちゃんが、涙でぐしょぐしょのぼくの顔を袖で拭く。  それから、両脇に手を差し込んで強引に立たせると、ついでとばかりに頭を乱暴に撫でる。  言葉も仕草も乱暴だけど、とても励まされる気がした。
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