9.桜小路学院の夜

2/18
前へ
/18ページ
次へ
 話は、心にも聞こえている。  直後に、塀の上にいるあいちゃんのすぐ近くを、ジャグリオンが飛び越していく。  隆義はあいちゃんからジャグリオンに視線を移すと、その着地点を目で追った。 [じゃあ、ボクはダメージの様子を見るよ~。タイヤが吹き飛んだだけか、ブレーキやホイールハブも一緒に飛ばしちゃったかで、直す難易度が変わるからね~] 「お願いしますね、ココちゃん」 [は~い、お任せあれだよ~] 「それじゃあ……工具、借りてくる」  隆義は二人の会話を無線で聞きながら、シ式を校舎に向かって小走りさせる。  だが、改造後のシ式は、見違えるように変わった所がある──その一端を、隆義は耳で感じ取っていた。 「鉄のぶつかる音がしなくなってる」 「うん、しずかになっとるねぇ……」 [急ぐなら、ホバーを使った方が早いよ!] 「ホバー?」 [操縦桿の、左手の方! スロットルレバーが追加されてるでしょ?]  日没寸前の空だが、まだ陽の光はある。  隆義は正面と上面の窓からの光を頼りに、操縦桿周りに追加されたそれを探し当てた。 「これか……?」  前後に進むレバー。隆義はそれを左手で掴むと、レバーを一気に最大出力の位置まで押す!  その瞬間、掃除機のような音が機体の下から響き渡り、砂埃がぶわっと地面に広がった。  だが、出力が強すぎたのか──シ式は地面から浮き上がり、その脚はわたわたと、何にも当たらない宙を蹴る。 「っておい! な、な、なんだこりゃぁ!」 [いきなり出力を上げすぎ! 真ん中ぐらいの位置までレバーを引いて!]  心に諭されて、隆義はスロットルを半分の位置まで引き戻すと、どうやらこれが丁度良い出力の位置らしく、高度を上げたシ式はゆっくりと地面に降り始めた。  あたふたと動く脚が再び地面に触れ、上下に機体を揺らす。 「っとと!」 [慌てないで。テレビとかでカンガルーを見た事あるでしょ?──思い出して] 「そうか!」 「か、かんがるー? って、なに──?」  これまでとは違うのだ。隆義は落ち着いて脚の動きを止め、ホバーをふかしたままその場に停止する。  きゅーちゃんはカンガルーを知らない様子で、頭に?マークを浮かべるが、咄嗟に隆義の頭に手を触れて思考を読み始めていた。  今、隆義の脳裏には、オーストラリアのだだっ広い平原を跳ねながら進む、カンガルーの群れの姿が思い出されている。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加