11人が本棚に入れています
本棚に追加
「何だ。我は今虫の居所が悪い……。用ならば速やかに……。」
そう言いかけた毛むくじゃらは、一瞬目を細めたかと思えば突然寝返りをうって此方に顔を近づけた。
「……っ!」
また硬直して動けなくなった俺を目の前の毛むくじゃらはその鋭く凛とした瞳で俺をじろじろと凝視する。そこで初めて気が付いた。毛むくじゃらの正体は異様に巨大な狼だということに。
全てを見透かされているようなその瞳に背筋がぞくっとして、背中に嫌な汗が伝うのが嫌に長く感じられた。暫く経ったように思える。だが、実際はもしかすると30秒も経っていないのかもしれない。毛むくじゃら、いや、狼は俺から顔を離すと低く落ち着いた声音で言った。
「……人間が何故ここにいる。」
それはどちらかというと俺に対してのものではなく独り言のように思える。どこか戸惑う様に揺れる瞳に、何を言っていいか分からなくなった。それでも、俺はその瞳から吸い取られるように目を離せない。狼は揺れる瞳を誤魔化す様に細めて続けた。
「ここは高濃度の魔素で充満しているというのに……、平気だというのか?」
貴様、何者だ。
何時の間にか凛とした瞳に戻っていた狼は鋭く目を尖らせるとそう唸った。
俺は慌てて、言葉を零す。
「全然分かんないけど、俺は普通の人間だよっ?無一文で武器もないけど……。」
誤解を解こうと恐怖に引き攣る顔をなんとか綻ばせて柔らかくそう言った俺は、次の瞬間物凄い衝撃に身体を地面に叩きつけられる。
「貴様っ!ふざけるなよ?普通の人間だと?普通の人間が魔素の充満したこの森に、近づける訳がなかろう!」
狼は俺の体をその逞しく太い前足で押さえつけて、そう苛立ちを隠さずに唸り声を上げた。俺はその肺が潰されるような圧迫感に顔を歪めながらも、なんとか誤解を解こうと精一杯の空気を吸い込み、叫ぶ。
「っ、でも……お、俺は人間だよ!ここの世界の人間がどんなんかは知らないけど、俺は人間だよっ!」
「では何故!我の声を聞くことができるのだっ!貴様は魔王だろう!?でなければ説明がつかんではないかっ!」
ゲームの中のような単語に少しビビりながらも、俺はまたそれに言葉を返す。
最初のコメントを投稿しよう!