ぐるぐるエンチャント1

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 都市と街を結ぶ森道に、大きな衝撃音が轟いた。樹齢百年を超える老木が数本、音を立てて倒れる。 「うわああああああああああああああああ!!」  倒れる木に巻き込まれないように命からがら這い出すと、リンクは悲鳴を上げながら駆け出した。右腕を錆びた手甲(ガントレット)で覆い、腰には数本の刃こぼれした投げナイフ。短く刈りそろえた金髪が特徴的な線の細い青年だ。町の外で魔物と戦うことを許された、冒険者と呼ばれる者だ。  そんな彼を一羽の兎が追う。腰から下が良く発達しており、後肢(うしろあし)は走るより飛び跳ねるのに向いている。些細な音を聞き取る長く大きな耳に、ルビーのような赤い目。大きさこそ中型犬ほどもあるが、普通の兎と遜色ない。しかしながらただ一点において、普通のウサギと大きく違っていた。  彼の獣の額には、太く立派な一本の角が生えていた。  様々な森に生息するウサギの魔物、ツノウサギだ。  ツノウサギは、その健脚であっという間にリンクとの距離を詰めた。そして、一跳びの距離まで近づくと、立派な一本角を右へ左へと逃げるリンクに向ける。二、三度後肢で地面を掻く。 「やっば!」  次の瞬間、力を十分に溜めたツノウサギは、照準をリンクにつけ、矢のように飛び出した。 「ぎゃああああああああああああああ!!」  射線上に立ちはだかる木々を薙ぎ払い、ツノウサギはリンクの足元に突き刺さった。思わぬ衝撃に地面ごと、リンクも吹き飛ばされる。一歩足を前に出していれば、骨折は免れなかっただろう。あちこちで倒れている木々のほとんども、同じようにツノウサギが薙ぎ払ったものだ。  とはいえ、ツノウサギが特別強いわけではない。無論、魔物なのである程度の危険は伴うにしても、危険度で言えばむしろほぼ無害なことで有名な魔物だ。肉は柔らかく妙な癖もない。毛皮は小物入れから防寒着まで自由自在。骨や角は装飾品に薬の材料にと、全身余すことなく捨てるところがないため、暇そうな冒険者や駆け出し冒険者を見つけると、お遣い感覚で頼んでくるほどだ。リンクも今朝早く、薬屋から角三本の納品を頼まれたところであった。今はその一羽目だが、太陽は昼をやや過ぎている。この調子ではいつ終わるか分かったものではない。
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