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胸を押さえ、そのまましゃがみ込む。大丈夫、と自分の心の中で何度も繰り返した。私が、もしくはお母さんが発作を起こしたときは二人で何度も『大丈夫』と言いつづけた、私たちにとっては魔法の呪文のようなものだった。
私の異変に気付いた誰かが、駆け寄ってくるのを感じた。千佳子かもしれないし、先生かもしれない。目の前は真っ暗で、耳もふさがっていて誰なのか理解することができなかった。
もし、今ここで死んだら……アスモデウスはまたサラを失うことになる。サラを失い、また出会うまで彷徨い続けるのだろう。そんな無駄なことするくらいなら、今この瞬間、私の願いを叶えて、魂を奪ってくれたらいいのに。
誰かが、私の背中に手を添えた。じんわりとぬるい体温は肋骨や肺を突き抜けて、柔らかく、不自然な動きを繰り返す心臓を掴んだ。そのままゆっくりと指の腹でなで、動きを押さえつけていく。
振り返ると、とても心配げな表情をする明日海先生が、いた。明日海先生が背中から手を離すと、私の心臓に触れていた手も離れていく。明日海先生は私の肩を抱き、膝の裏に手を回して……そのまま軽々と抱き上げた。周囲からは、黄色い悲鳴が上がる。
「保健室、僕が連れていきます」
誰かに有無を言わせぬ強い言葉を言い放ったあと、先生は速足で校舎の中に向かっていった。
「せんせ、じゅぎょうは?」
「今の時間は空いてるんです、『サラ』が体育の時間はね」
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