第1章

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 鏡の中には、夜の繁華街が浮び出されていた。そこを歩く妻の横には、見知らぬ寄り添っている。その男は、なれなれしく妻の腰に手を回して言った。 『それにしても、楽しみだなあ、俺の子供!』  一瞬、そのセリフの意味が分からなかった。この男の妻も妊娠しているのか?   だが、そう思いながらも、心のどこかが本当は違うと分かっていた。 『旦那さん、気がついていないよな?』 『もちろん! あの間抜け、お腹の子は自分のだって信じ込んでるわ』  俺には出したことのない、甘い声でミキが言う。  目の前が暗くなって、吐き気がする。 『あいつ本当に間抜けよー あなたに家の金貸してるのも気づいてないもの!』  二人はあざけるような笑い声を上げた。 「貴様!」  俺は男の肩をつかもうとした。しかし指先は鏡面に弾かれた。  二人は寄り添い、あざけり笑いながら、鏡の奥へと消えていった。鏡はもとの鏡に戻る。 あれは本当にあった事だ。誰に教わったわけではないが、俺にはそれが分かった。ビデオを再生するように、鏡が過去の出来事を再生した。  ゾンビのようにふらふらと、迷宮を歩く。仕事をしなければ。誰のために? 血も繋がっていない、どこの誰とも知らない男の子供を養うため? 自分を裏切っていた妻にいい思いをさせるため? 鏡に頭をぶつけ、額に血がにじむ。  気がついたら、いつの間にか鏡の迷宮を抜け出していたらしく、広い場所にでていた。  部屋の奥にクモの巣がかかった台があり、その上に古びた女神像がのっている。灰色のドレスをまとった、銀髪の女神像は、恥じらうように視線を床に向けている。これが女神ミラーの像だろう。 「ミキ、殺してやる! あの間男もだ! 死ね!」  思わず叫んだ自分の声で我に返った。  こんなボロボロの、どこかの会社が適当に作った像にご利益があるわけはない。 「ははは……」  唇から漏れた笑い声が響く。  その笑い声に、自分の物ではない女の笑い声が混じる。 「フフ……」  床に視線を外していたはずの女神が、こちらを見つめている。塗料のはげた両の目は、白目をむいているようにみえた。 「ひっ!」  俺は、真横にある出口に走った。
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